2010年12月28日火曜日

大切にしていること

にのみや幼稚園はみんなで
「育ち合う」幼稚園です。

人は1人では生きていけない。だから、支え合う。
社会の中で共に成長していきます。
大人も子どもも、みんな・・・・
だから、関わることを大切にしてみんなで「育ち合い」たい。
支えてくれる人がいることに気づいて欲しい。
支えてくれる人がいることの喜びを感じて欲しい。


創設理念は共生の理念です。

理事長の言葉
人は人のために生きることが仕事。
幼稚園は、それを実感できる
思いやりのある人を育てていく場。
将来を担う子どもたちに、
そういう気持ちが分かるような
体験を多く用意して、
良い人間関係を創る手伝いをする。



全ての社会は共に支え合う仕組みで成り立っています。
支え合う関係は切り離せません。

人は必ず人間社会の中で生きていきます。
必ず誰かと関わりながら生きていきます。

だから

一人一人に求められる人間性があるのです。

人間関係のストレスからは、逃れられないのです。

それゆえ

生涯を通して、人間性を構築していくのです。


幼稚園教育要領の書き出しにもこう書かれています。
幼児期における教育は、
生涯にわたる人格形成の基礎を
培う重要なものであり・・・・・・

更に教育基本法に書かれている
教育の目的の書き出しにも
教育の目的は、人格の完成を目指し・・・・


この人格形成・人格の完成とは
人間社会の中で一人一人に必要な
人間性の総称なんだそうです。


難しくなりましたが・・・・

良い人間社会を創っていくには
人と人とが支え合うために
関わり合う力の育成が
重要であり不可欠である。

そして、そもそもそれが本来の教育なのだ
ということが分かると思います。


にのみや幼稚園は共生の理念
「育ち合う」幼稚園を目指しています。

2010年12月24日金曜日

大切にしていること

冬休みに入り、先生たちの実践が拾えないので
当園の理念をおさらいしていこうと思います。


『子ども第一主義』


幼稚園本来の機能を果たすために、
「子どもの育ちのニーズに応える」ことを
最優先したいと考えています。
何か判断を求められるときは、
常に子どもを真ん中において、
それが子どもの育ちに
どうメリットがあるのかを考え、
決断していきます。
過去の常識にとらわれず、
柔軟に「子どもが育つ環境をデザインしていきます。」


幼稚園は本来、子どもの為の施設であって、
子どもの育ちにとっての利益を生ませることが目的である。

ところが私立幼稚園においては、経営的問題を
無視できないことから、いつしか園児数を増やすことや
金銭的利益を目的とする園が多くなってしまったように感じます。
(表向きは違っても実質は・・・ということです。)

それらの利益を生むのに一番効果があるのは
「保護者を喜ばせてあげること」です。

「子どもの育ちのニーズ」を園と保護者との間で
共通理解されていて、そのうえで保護者が喜んでくれる。
それによって、園児数が増え、金銭的利益が
生まれてくるのが理想です。

しかし「子どもの育ち」を無視してでも
保護者の要求に応えて喜んでもらう
ことが簡単ですので、そうなりがちです。

「保護者のニーズに応える」

ということが良く言われますが、
「保護者にとってのニーズ」とは何なのか
本当に「ニーズ」なのか?
実は「個人的な要求」なのか?
その見極めをしなくてはなりません。

保護者の要求は実に幅が広いです。
たとえば同じことに対しても、
「賛成だからもっとやって欲しい」もあれば、
「反対だから変えて欲しい」もあります。

当然結果として、どちらかの意見は
採用されないことになってしまいます。


見極めというか決断をするためのに
「子どもの育ちのニーズ」
沿っているか、そうでないかというのが
当園の絶対にブレない理念から成る基準です。


当園は、園児数を増やすことや金銭的利益が
最優先される目的ではなく

『子どもの育ちのニーズに応える』

ということを最優先の目的にしています。

だから


『子ども第一主義』

なんです。

2010年12月16日木曜日

支え合う関係(共生)

先週、もちつき大会がありましたね。

役員さんと、お手伝いの方が協力してくれましたが
その姿にとても心が温かくなりました。

子どもたちが“きね”と“うす”を使って実際に
もちつき体験をしている間に

餅米を蒸かすところから、けんちん汁を作ったりの
全員分の調理を担当します。

せっかく園にきて、子どもたちが活動している様子が
見られるので、写真におさめたくなったり
ビデオを回したくなったりすると思います。

しかし、私欲を優先せず自分たちのやるべきことに
徹してくれている姿がありました。

役員として、お手伝いとして園の行事に
どう関わることが本来の姿なのか

保護者として幼稚園教育に貢献できる
ことになるのは、どのようなことなのか

保護者役員制度は、どのような
必要性から生まれたのか

これらが整理されれば、間接的でも
結果的に子どもの育ちに関わって
いることが実感できます。

保護者一人一人が幼稚園スタッフの
一員であることが実質的な部分からも
言えるようになると思います。

親と子の関わりではなく、保護者という
幼稚園スタッフとしての関わりが
園としても非常に大きな意味をなします。

感謝。感謝です。m(__)m

2010年12月7日火曜日

子どもの育ちのニーズに応える

発表会が無事に終わりました。

子ども主体の取り組み方をすると
子どもの育ちの段階も見ることができます。

やらされないで、どの程度できるのか
現時点でとのどこまできるのか
どのようにやろうとしているのか

子どものありのままの姿を見ることができます。


しかし
やらされていると、やらされてできている姿しか見えません。

いつもやらせていれば、確かに良くできるようになります。
良く育っているように見えます。

しかし、やらされている姿ですので、本来の姿ではありません。

偽りの姿からでは、子どもたちに本当に必要な
環境や援助は見いだせませんよね。
はたして、やらされてできる子で良いのでしょうか?

やらされてできている子は、
やらされなくなるとできなくなります。

やらされる=他律
自分の意思でできる=自律

教育の目的は、自律した人間を育てることです。

ですので、発表会だけに限らず、あらゆる面で
『仕込む』『やらせる』ことから卒業したのです。

もうご理解いただけていると思いますが。

派手な演出をして高度な発表をさせようと
子どもを『仕込ん』で強制的に子どもに『やらせて』
では自律した人間は育ちません。

本来、大人の価値観でしか見れないのは寂しいことです。
大人の価値観を押しつけることは、大人にとっては
都合がいいですが、子どもにとっては不幸です。

発表会までの過ごし方に、
どんな経験が含まれていたか?
友だち同士が深く関わることで
人間性の育ちに必要な刺激が
どれだけあったか?

ということが重要ですので、『やらされる』環境よりも、
子どもが主体的に活動できる環境が必要になります。

子どもの育ちのニーズは今の結果ではなく、
先を見据えた上で今という過程を
どう過ごすかなんです。

2010年12月1日水曜日

子どもの育ちのニーズに応える

うちの園では発表会だけでなく、普段から
子ども主体で保育を進めています。

先生がレールを敷き、子どもにその上を走らせるような
先生主体の保育では予想通りの姿しか見られません。
先生もそれで安心を得ているように感じます。

しかし、今現在の子どもの『生の姿』を捉えながら
子ども主体の環境を造り保育をしていくと
一斉保育や、管理保育では絶対に見ることが
できなかったと思える、子どもの良い姿が
たくさん見られるようになってきました。


残念ながら保護者の方々には、見えにくいですが。


人はロボットではないので、それぞれ個性があります。
ひとりひとり違うことが当たり前ですよね。

画一的な教育のもとでは画一的な集団である
ことしか認められなくなります。

そしてその枠から外れる子は
先生からも煙たがられます。

いじめの対象になりやすいのも、
画一性からはずれた子です。

身体的な特徴
外見的な特徴
行動的な特徴
などなど

みんなと違うことが攻撃の的になってしまいます。


さらに、大人の圧力などによって枠にはまることを
強制されていた子たちは、しだいにその枠から
出ようと反発するようになります。

大人が次ぎにとる行動は、以前よりも更に
強い圧力で押さえつけようとします。


そして、更なる反発が
自分にはがあるんだとうことを
社会に反する行動をとることにより
示すようになっていきます。


また、圧力をかけられなくなると
その開放感から一気にはじけてしまいます。


このように考えると、いろいろな問題は、
画一的教育や管理教育
によって生まれているように感じます。


今、世界的に社会で求められているの一つに
コミュニケーション能力があります。

人と関わることでしか育たない力です。

人間社会の中で人と関わっていくから必要な力です。


本人が身に付けていく力ですので
大人が関わりすぎては身につきません。


人間社会で生きていくために必要な力を
『確かな力』として育てるためには

大人が関わりすぎてはいけないのです。

だから子ども主体の保育が必要なのです。

保護者の方々には見えにくく評価されにくくても
我々には、はっきり見えています。


今のうちの保育が、そして更に近づこうとしている目指す保育が
『子どもの育ちのニーズに応える』
ことができると。