2011年12月13日火曜日

『育ち合う保育』(パンダルーム)

過日(9日)の、「先生たちの発見!」。
読みましたか?

幼稚園児が集中して自主学習していた時間が
なんと! 1時間とか1時間半ですよ。

小学校の授業時間は45分ですよね。

授業中座っていられないとか、
集中していられないとか、
先生の話を聞けないとか、
小一プロブレムとか言って
何かと話題が多いようですが。。。

幼稚園生がこの集中力ですよ?

先取り教育や早期教育的に
環境を作ったのではなく、
子どもの興味に反応して、
即座に対応したのですから

環境としての先生の促しも
ファインプレーですよね。


小学生の姿から興味を持って
教えてもらいながら、
その興味を満たすことができる。

子ども同士が部分的に未熟なところを、
友だち同士で補い合うことができる。

そして、保育(者)が柔軟であることが、
この様な子どもの姿につながってきます。

子どもの興味や心理などの特性
に沿ってあげると、『やらせ』なくても
大人側が望む姿がついてきます。

「やりなさい!」と言わなくても、
『自分から集中して勉強する姿』
って、
私だったら、涙を流しながら感激しますねぇ。


引き続き、子どもの個性差や個人差を
活かし合っていく保育をおこなって
子どもの育ちの変化を見つけていこうと思います。

2011年12月7日水曜日

一人一人に応じた保育

発表会が終わり、子どもたちも
ホッとしたことでしょう。

年中さんのお部屋に行ってみると
年長さんの女の子3人が
ピアノを弾いていました。

発表会を通しての興味が続いていたり
広がったりしていますので、
一人一人が余韻を十分に楽しめることが、
更なる発達や学びにつながってきます。

これまで弾いてきた曲や、
年中さん向けにおいてある曲を
自由に弾けることがこの子たちの
音楽的表現の幅を広げていきます。

また年長さんのお部屋では、
女の子もスカリーノに挑戦する姿がありました。

オーディションに合格したメンバーが
発表会で自慢げに披露する姿に
興味をひかれたのか 。。。。
このことにより子ども同士の関わりの
新たな接点も増えてきます。

発表会を通してのことが
いろいろと複雑に絡み合って
今後も新たな方向性で
興味が伝染していく可能性が
出てきたと思います。

それによって、
新たな思考が生まれたり
表現が豊になったり、
新たな充実感から何となく
心に豊さを感じたりしていくことでしょう。

一斉的な指導ではなく、
興味によって選択できる環境が
一人一人に応じた保育を可能にします。

子どもたちは、いきいきと心豊かに
過ごすことができます。

2011年12月3日土曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

発表会が無事終了しました。
天気が悪い中でしたので、
保護者の方々は大変でしたね。

「仕込まず」「やらせず」ですので、
「その子らしさ」や「その子の段階」が
よく見える発表会で、終始温かい気持ちで
見ていることができました。

子どもたちは一人一人が違った、
発達のスピードを持っています。
そのペースを強制的に変えてしまうのは、
子どもが確かな力を蓄えながら
育っていく上では良くありません。

一人一人が違ったスピードで
発達していきますので、
現時点で比べると、差があって当たり前です。
厳密には、生涯を通して一人一人の
差が埋まることはありませんが。。。

自分の力で登っていかなければならない、
発達という階段をそれぞれが登っていて、
みんな、その途中にいるのです。


現時点で、どの子も同じように同じことが
出来るようになるために強制的に
「やらされた」り「仕込み」上げてしまう
発表会では、子どもにとっての
最善の利益には、つながっていきませんね。

ですので、
子どもたちの主体性を作れる
可能性を探りながら
できる限りの工夫をして、
主体性を持たせていく
ことが求められます。

仲間と声を掛け合いながら、
進めていく様子が
どの学年でも見られました。

自分たちで力を合わせて
作ってきた過程があるから、
本人たちにその自覚があるから、
頼るところは先生ではなく、
仲間になるのです。

行事を通しての経験と
普段の保育の中での経験が
連動しあって、より育ちの効果を
もたらしてくれます。

今後も、
「できる」か「できない」かで
見るのではなくて、
今、その段階にいるんだなぁ。
と発達に目を向けて
『見守る保育』を続けて
いきたいと思います。

2011年11月29日火曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

発表会の予行練習が無事終わりました。

心配していた、進行の
『仕込み』『やらせ』疑惑ですが、

先生たちのブログで
説明がありましたね。

学年に応じて上手に援助しながら
子どもの主体性をつくり、
決めていったようですね。

心配ご無用でした。


今日の率直な感想ですが、
歌は、どの学年も元気いっぱいでした。
(バスの中で大合唱になるほどですから)

その他は、その子らしさや、
その子の段階がよく見えました。

その姿が決して、悪いわけではありません。

一人一人発達の差があるわけですから。
もしかしたら本番当日は、それだけでなく、
心境の差も出るかもしれません。

プレッシャーを感じる度合いも違いますし、
緊張の度合いも違います。

細かく言ったら一人一人に、
沢山の『差』があるわけですから
みんな同じとはなりません。

それぞれが未熟なりに、
今できる最大限の表現をします。

発表会を作る過程も、当日も
子どもが主役です。

誰かと比べたりせず、
その子のありのままの姿を
温かく受け入れてあげたいものです。

2011年11月28日月曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

明日は、発表会の予行練習です。

これまで、子どもに主体性を持たせる
工夫をしながら取り組んできました。

子どもたちが誰かを選ぶ『オーディション』

子ども同士の認め合いや
教え合いを促す『見せ合いっこ』は

情報としても定着しているかと思います。

その他にも、
子どもの話し合いとしては、

その日の時間の使い方をどうするか?を
子どもたちが意見を出して決める。

明日の目標を自分たちで考えて決める。

自分たちで頑張る内容を考えて決める。

などが日常的に行われていることが
先生たちの週日案から読みとれます。

先生が子どもたちに、やらせるのではなく、
子どもたちがやろうとしていることが
自分たちの力で出来上がっていく感覚を
味わえるように、こっそり援助します。

先生が考える正解を押しつけたり、
そこに強引に導いていくのではなく、
『その子なりの考え方』や
『その子らしい考え方』と
きちんと向き合い尊重しながら
あくまでも、『自分たちの力でできた』
という経験をさせていくことに
教育の目指すところがあります。


子どもたちが自分で決めていますので
やらせなくてもやる気は十分です。

子どもが伸びるときは、その子自身が
興味・関心を持っている時や、
やる気になっているときです。

やりたいことをやっていますので、
この発表会を通しても
急激な成長を見せている子がいます。

例えば、年長さんで跳び箱を1段しか跳べなかった子が
数日間で、2段・3段・4段と記録を伸ばしている子がいます。

年長さんで1段しか跳べなかったということは、
得意でない、能力的に低い
という傾向の確率が高い子です。

しかし、自分でやる気を出した途端に
短い期間で記録が飛躍しているんです。

この経験が本人にとては大きいです。
また、その姿を見ている他の子たちに
与える刺激も、非常に大きいです。

早いうちに出来るか出来ないかは
重要ではありません。
早いうち出来るようにと『やらせて』
出来るようにさせるのは簡単ですが
その子にとっては、
後に残る確かなものは、
なにもありません。

早さではなくて、出来るようになるまでの
過程に重要な意味があるのです。

発表会の練習を通しても
何かが出来るようになるため
(身体能力的な成長だけでなく心の成長も)
の重要な意味を持つ経験を
沢山積み重ねています。


子どもにとっての最善の利益に
大きく貢献できることとなるでしょう。

2011年11月25日金曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

さて、発表会まであと1週間となりました。
練習は、お伝えしているとおりで
順調に進んでいるようです。

が、あることが気になってきました。

いままでは、進行も子どもたちが行ってきました。
今年も同様に行う予定でいるのですが、
そこに、落とし穴がありました。

先生たちの会話の中から、
進行役の子の練習の様子を聞いていると
どうも『仕込み』のようなのです。

しゃべる言葉は、決まっていることを
『仕込んでいる』し、
一連の動作も決まったものを
『やらせ』ているのです。

ですので、
「そうじゃない!」、「こうじゃない!」
「こうだ!」、「ああだ!」と
なってしまいますね。

これまでの形を、ただ繰り返しているだけや、
何の疑問も持たずにやっていると
子どもの育ちにとって何が良いのかを
考えることをしなくなってしまいます。

過去に依存することなく、
常識とされていることにとらわれず、
目の前の子どもをきちんと見つめ、
子どもの育ちに必要な確かな援助のために、
アイディアを出し続けなければ、いけませんね。

このことは、このブログを通じて
先生たちにも伝えた形ですので、
とりあえず今年は、このままやるしかないかぁ~?
と思っていますが、先生たちがどう考えるかですね。

どちらにしても、課題が見えたので
さらに良い方向へと向いていくと思います。

2011年11月21日月曜日

先生主体<子ども主体

今日は、久しぶりに降園時のバスを運転しました。

誰かが、鼻歌を歌い出すと
別の誰かが歌い出し、
また別の誰かも一緒に歌い出していき、
競うように大合唱になっていきました。
歌いたくて歌いたくてしょうがないようでした。

発表会の練習が楽しく出来ているのだなと感じました。

子どもたちは、気持ちに共感されたり
認められたりしながら自信を付けていきます。

その自信が育っているときは、
楽しくてしょうがなくなります。

まさに今がその段階なのでしょう。

毎日いろんな子が、いろんな子に認められる場を、
それぞれの担任たちが提供しているので
とても良い雰囲気で進んでいると思います。

その日、その日の具体的な内容は、
担任たちがどんどん書くと思いますが、
子どもが主体的に取り組んでいるから
後につながる「いろいろな力」が育まれます。

今、子どもが考えて決めたことを
親が受け入れられず、
親の希望を子どもに押しつけてしまうと
後につながる「いろいろな力」は
育まれなくなります。

劇などの役や、担当する楽器など、
すでに決まったものもありますが、
これから決まってくるものもあると思います。
何をやることになっても、
自分で「やりたい」と思ったこと
自分たちなりに一生懸命、考えて決めたことを
受け入れてあげてください。

先生も親もですが、
その時一瞬の小さな満足を取るか
後の大きな満足を取るかです。

当然、「後の大きな満足」を選ぶべきでしょう。

「なんで、そんなのにしたんだ!」
「それじゃなくて、こっちの方が良いだろ!」
「そうじゃなくて、もっと、こうしなさい!」
「へただなぁ~」などと
否定的な言葉は厳禁です。

「良いのを選んだね。」
「良く考えられたね。」
「良く頑張ってるね。」
「上手になってきたね。」
「まえより、上手になったね。」
などと、子どもの姿を認める
言葉を沢山かけられると最高ですね。

先生たちも子どもたちのことを考えて
このような言葉掛けをするようになって、
保育が楽しくなりました。

保護者のみなさんも、このような言葉掛けを
心掛けていくと子育てが、もっと楽しくなると思います。

一緒に実践していけると
「心豊かでのびのびとした子」
が育っていきます。

温かい気持ちで見守っていきましょう。

2011年11月17日木曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

ブログを書くのを少し休んでいるうちに、
先生たちのブログが頻繁に更新
されるようになってきました。

内容は、発表会に向けたところの様子ですね。

これまでに、重要なのは当日がどうだったかよりも
当日までをどのような経験をしながら過ごしたかです。
と保育参観、運動会、発表会などで
繰り返しお伝えしてきました。

しかし、保護者の皆様は実際に見られない、
または見にくい部分ですので、
伝わりが不十分な方も少なくなかったかと思います。

今回は、発表会に向けての部分が
先生たちのブログで伝えられていくと思います。

先生による「仕込み」とか「やらせ」ではなく、
どのようにして、子どもたちが作り上げていくか。


子どもたちが、
何をどう考えて選んで決めていくのか。

どんな認め合いや教え合いをしていくのか。

どんなことからお互いに
支え合って育ち合っているのか。

先生は、子どもたちの姿を
どんな思いで見守っているのか。

先生たちも環境の一つですので、
間接的な関わりを創造しています。

子どもたちの姿は、毎年同じではありません。
違っていて当たり前ですけど。

先生たちは、子ども一人一人に
いろんな思いがありますので、
育ちを発見したときの感動は
とても大きなものになります。

教え込んで出来るようにした姿ではなくて
自分自身の力で育ったんですから。
それを、ずっと信じてきたのですから。

その興奮を抑えながらブログを書いていると
思いますので、今後も楽しみにして下さい。




この発表会に向けての部分を通して
私たちの子どもの育ちへの
思いや工夫が見られることから、
保護者の皆様や、その他の多くの方の
理解にも影響が大きいかと期待をしています。

子どもたちの姿は毎年同じではありません。
先生たちもどんなことが起こるかわかりません。

社会というか世の中も同じですよね。
いつなにが起こるかは正確には分かりません。
起こったことを柔軟に
対処して日々生きています。

社会の中で「生きる力」を育てるのが教育です。
その時その時で、子どもの姿が
大人の感覚で評価される結果を求め、
子どもの姿を「仕込み上げていく」
のは、教育ではありません。

どうか、同じ目線で見られる大人が
増えていきますように・・・・・・。

2011年11月11日金曜日

新たな実践

年少さんのお部屋でまた新たな動きがありました。
登園してきてからの、出席シール貼りの場所が
混雑していて動線がスッキリしていないことから
2箇所になりました。

①今まで同様、実際の出席帳と
全く同じ見本で用意したバージョン

②普通のカレンダーで用意したバージョン


年度当初は、①で先生と確認しながらおこなっていました。
次第に先生がいなくても自分で確認しながら
出来るようになっていきました。
現在は、子どもだけでおこなっていますが、
混雑していることが多くなってきたようです。

そこで、レベルアップした②のバージョンを用意して
②でもできる子は、②の場所を選ぶことになるので
混雑も解消できるだろうと設置してみたようです。

もちろん混雑を解消するための動線整理は大切です。

しかし、今回の工夫は、ただ分散させるために
2箇所にしたのではなく、発達も考慮されています。

年間を通して一つの活動を見てみると、
年度当初から年度末までには、
子どもの能力は上がっていきます。

簡単に出来るようになったことを
いつまでも同じように続けさせるのは
無駄足を踏ませていることになります。

スムーズな発達を保障するためには、
子どもの発達の変化を見ながら
環境や内容が変わることが必要です。

今までは学年ごとの発達を考慮し
環境の変化を工夫をしてきましたが、
1年間の中での発達の変化に目を向けた
工夫の必要性に、私も今回気づかされました。

これをベースに今後も新しいアイディアが生まれ
更に、改良されていくことでしょう。

楽しみですね。

2011年11月10日木曜日

『見守る保育』(ちびっこランド)

ちびっこランド(幼稚園附設認可外保育所)
の子たちが築山で遊んでいました。

最近、あそんでいる姿をよく見ます。

一枚目の写真は、遊具の階段に先生がいます。
見守られながら子どもは登っていっていました。
そして、真ん中あたりに一人いますが、
ここは、階段がありません。
ただの斜面です。

2枚目の写真は、遊具の階段に先生はいません。
しかし、一人で登ってきています。 

3枚目の写真は、遊具の階段を一人で
登り終わったところです。 

築山は、小さな子たちにとっては、
危険が沢山考えられます。
しかし、子どもたちにとっての
魅力も沢山あります。

ドイツに行ってきたときも、
岩山みたいな所を
小さな子が平気で登っていました。

危ない危ないと大人の一方的な考えで
やらせないのではなくて、
登ろうとしているのであれば、
どのように登ろうとするのか?
どこまで登れるのか?

大人が考える危険を
どのように知っていくのか?

に目を向け

やってみて無理だったら
いつでも助けてあげるよ。
という温かい気持ちで見守ることが
子どもの発達のためには必要です。

100%の安全は、ありません。
生活や遊びの中にある危険を知って
自分でそれを回避していくしかないのです。

その能力を獲得するためには、
信頼関係からくる温かい見守りの中で
安心して何度も自らチャレンジできる
人や場などの環境が必要です。

2011年11月9日水曜日

先生主体<子ども主体(パンダルーム)

昨日、学童保育の子たちが
宿題をしているところを見ていました。

ある子が、「面倒くさい」と言いながら
算数と国語の宿題をしていました。

私も、勉強は大嫌いでしたので、
その子の気持ちがよく分かります。
みなさんも大半がそうじゃなかったですか?

「そうだよね、そうだよね。」と
言い分を聞いていましたが、
確かにごもっともなことを言っているなと
ふと思ったんです。

算数の宿題では「これやったことある」
「前に、はなまるもらったよ~」
「これ、簡単なんだけど面倒くさいんだよな~」

国語の宿題では、漢字の書き取りを
ただマスを埋めていくだけの単純作業
ですので、集中できていません。

子どもが、面倒くさいと思っていて意欲的でないこと。


簡単に出来るようになったことを
繰り返しやらされていてつまらなく感じていること。

ただこなせばいいという感じでやっていること。

先生は、この状況を知っているのか知らないのか、
ただ宿題をだして、やらせて、確認して終わり。
ではないかなと思います。


はたして、この宿題に、どのようなねらいがあるのでしょうか?

子どもは、強制的にやらせれば、
確かに多少はできるようになります。
たいがいの子は、詰め込んであげれば、
テストでもある程度の点数は取れるでしょう。

しかし、最近の教育は『生きる力』『確かな学力』
育むことを目的としているはずですよね。
詰め込まれた知識でテストで良い成績を出すのは
『確かな学力』ではありません。

小学校の学習指導要領が
どう変わってきているかは分かりませんが、
カリキュラムの問題だけではないような気がします。

『生きる力』『確かな学力』を育むためには
もっと子どもの特性や心理に目を向けた
工夫が必要なのではないでしょうか。

やらせたことで自己満足するのではなく、
もっと、子どもの『生きる力』『確かな学力』
育ちに目を向けて真剣に工夫を考えなければ、
子どもたちの未来は何も変わらないと思ってしまいました。


子どもを責めないでください。(先に言っておきます。)

更に、その子は家で宿題をするときは、
「隠れて、ゲームに付いている計算機でやっちゃうんだ。」
と言っていました。
私にも、覚えがあります。

計算ができなくても、計算機の使い方を知っていれば
まず、社会に出てからも困らないでしょう。

最低限の生活に必要な文字を知っていれば、
難しい漢字をしらなくても、困らないでしょう。

私たちも中学生くらいまでには、
みんな分かっていたはずです。
学校で習う授業の内容は、
社会に出てからほとんど必要ないことを。。。

しかし、なぜやらなければならないのかは、
私は、義務教育のうちは勉強もスポーツ(部活)も
人として大切なことを養っていくための
教育の方法の一つ
ではないかと考えています。

勉強をする事を通して、スポーツを通して、
何か大切なことに気づかせることができれば、
自分自身の力で社会の中に
何かを見出していけるようになっていくはずです。

ですから、興味も能力も発達段階も違う
子どもたちに応じて考えるべきことが
あるのではないでしょうかね。

子どもが、つまらなく感じないようにするには?
子どもが意欲を持つことができるようにするには?

先生主体で押しつけるのではなく、
子ども主体での工夫が生まれてこないかな。
と期待をしたいです。




※あくまでも、個人的な意見です。

2011年11月7日月曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

各学年で発表会に向けた話し合いが
先週あたりから行われるようになってきました。

最近のうちの園の発表会は、
何をやるかを先生が決めません。
練習も先生はやらせません。
ですので、『仕込み』もありません。

発表会で、何を発表したいかは
子どもたちが決めます。
先生は、子どもたちがやろうとしていることが
出来るように、年齢に応じた援助をするだけです。
去年のブログでも書いていますが、
発表会に必要なことは、

先生は、
1.優秀な脚本家になること
2.優秀な舞台監督になること
3.優秀な舞台演出家になること

そして子どもは
先生の望む演技ができる優秀な役者になること

では、ないはずです。

子どもたちが仕込まれた発表会で
見に来た大人を喜ばせ、
それによって園の評判を上げる。
これは、教育ではありません。

教育の目的は、「人格の完成」ですよね。
人間社会で生きていく上で必要な
人間性を身に付けていくことです。

幼児期は人格形成の基礎を培う重要な時期です。

仕込まれた高度なことを発表するのと

自分たちで考え、その目的を達成するために
自己表現したり、仲間と協力したり、
共に認め合ったり、ときにはもめたり
などの関わりを通して出来上がったもの
を発表するのとでは、

どちらが人格形成に大きな意味をもたらすでしょうか?

・・・・・・・・

最近は、いろんな楽器の音が
いろんな所から聞こえてきます。

年長さんでは、コーナーに置かれたハンドベルに
興味を持って練習していた子が
できるようになった曲を
帰りのお集まりで発表したらしいです。

みんなに認められ、本人の自信がついただけでなく
更に他の子たちへ興味が伝染しました。

次の日は、別の子たちが興味を持って
練習をしてできるようになった曲を
帰りのお集まりで発表したようです。

担任がお集まりでの発表を提案したことで
子どもの気持ちが発表会に
自然と向いていくような
アシストになりましたね。

ナイスアイディアだと思います。

2011年11月4日金曜日

選択性のある保育

ずいぶん秋らしくなってきました。
日中、肌寒さを感じる日も多くなってきましたね。

そこで、各学年でマラソンを
たまに、やってみる様になってきました。

体力作りの一環で毎年マラソンをおこなっていますが
子どもたち自らがマラソンに意欲を
持てるようになるための援助が重要だと考えています。

マラソン大会当日は、学年で決められた長さを
順位を争って走ります。

しかし練習では、走るか走らないか、
走る場合は長さを選んだりが
出来るようにしているようです。
強制的に『やらせる』ことで
精神的な苦痛が大きくならないように
先生たちが配慮しています。

子どもがマラソンで意欲を持ちやすいのは、
一つに、「順位」があると思います。
「○位になりたい!」という心理からです。

しかしこの作用は、上位の子たちには強く
下位の子たちには弱いように感じます。
ですので、下位の子たちが
意欲を持てるような工夫が求められます。

今は、まだ「始めてみた」とういう段階ですので
マラソンコースを知るために歩いてみたり、
走っても良いし、歩いても良いしと選ばせたり
年長さんは、各学年のコースを選んで走ったりと
子どもたちが主体的になれるようなアプローチを
いろんな先生たちが色々と考えているようです。

マラソンにおいても、子どもたちが
自分で選んで自分で決めることが
今後の子どもたちの「心の育ち」に影響してきます。

マラソンにおいて、子どもたちの目的は
それぞれが持った意欲によって違います。
1番になりたい!かもしれません。
○○ちゃんに勝ちたい!かもしれません。
昨日より速く走りたい!かもしれません。

しかし、先生の目的は?
子どもたちの持った意欲や心理を利用して
「苦しくて辛いことなのに、
自分の意志でよく頑張ったね。」
「順位は何番でも、その頑張りは
1番だったと思うよ。」と
結果ではなく、過程を評価してあげることです。
一人一人が頑張った気持ちに共感してあげることです。

過程を評価されたり、
気持ちに共感されることで
自尊感情が芽生え
自分自身の可能性を信じることが
出来るようになっていきます。

今の日本の子どもたちは、自尊感情が低い、
将来に対しての夢や自信を持っている割合も低い
と言われています。

この子たちが未来を
より良く生きていくために
育ててあげたいですよね。

『自尊感情』

『自信』

そして、

『夢』

2011年10月31日月曜日

支え合う関係(共生)

最近、活動が異年齢で行われることが増えてきました。
先日のクッキングでは、料理に選択肢をつくり
子どもたちが選んで参加しました。

全園児で同じ選択肢ですので、
各グループの構成は異年齢になります。

その中での関わりを見てみると、
自分よりも小さな子の後ろに回り
手を取り一緒にやってあげる子。

それに対して、自然と「ありがとう」と
言葉が掛けられていたり、
更に嬉しくなった子は、
得意げにいろいろと進めていったり。

年長さんがやって見せている様子を
じっと見つめている年少さんがいたりしました。

その流れで、昼食も異年齢で食べました。

小さい子の汁物を先に用意して
運んであげる子がいたり。

食べ方を指導している子がいたり。

子ども同士の教え合う関わりが
すごくスムーズで効果的な様子が
うかがえました。

関わりを持たせるためのツールとして
活動を工夫して企画できると
子どもたちがお互いの育ちを
支え合う関係が生まれてきます。

今年は、学年の隔たりを無くすことを
課題としていますので、
先生たちが、いろいろなかたちを
創造しチャレンジが多くなっています。

2011年10月27日木曜日

『見守る保育』


登園後の自由遊びの中から発見した
貸し借りの様子をお伝えします。


まず、年少さんと年中さんの貸し借りのトラブルで
年少さんが仲裁に入ったパターンです。

三輪車で遊んでいた年少組のS君の所へ
年中組のTちゃんSちゃんが「かーしーて!」と来ました。

S君は「やだ!」と断りました。

TちゃんSちゃんは再び「かして!」
S君は「やだ!やだ!」と泣き出しました。
そして
その騒動に気づいた年少組のK君がやってきました。

K君「Sくんばっかりじゃダメなんだよ。」
「これは、誰のなの?」

Sちゃん「みんなのでしょ!!」
K君「怒って言わないの!」

K君「Sくん、まだ使ったばっかりなの?」
S君「うん。」

K君「まだ、使ったばっかりなんだって。」
Sちゃん「・・・・・・・」

そのスキにS君は、三輪車で行ってしまいました。



次に、年少さんと年長さんの貸し借りのトラブルに
年長さんが仲裁に入ったパターンです。

ゴーカートを運転していた年少組のH君
その後ろで押していた年長組のT君
「代わって」とお願いしたところ

H君は、「やだ!」
T君「かしてー!」
H君「やだ!」
T君「かしてー!」

その騒動に気づいた年長組のY君
「どうしたの?」とやってくる。

T君「かしてくれないー」
Y君「かわってやれよー」
H君「・・・・・・」

そこに年長組のKちゃんがやってくる。
Kちゃんが促したのか、
少し目を離したスキにT君H君
ジャンケンをしていました。

T君が勝ちました。

KちゃんY君「じゃぁ、T君だね。」
H君は無言のまま地団駄を踏む。

H君「・・・・じゃ、いいよー・・・・」

H君は後ろに乗り、T君が運転に代わりました。


どちらも、年齢がどうとかではなく、
子ども同士で問題を解決していた姿です。

大人の感覚で見れば、より良い解決では
ないかも知れませんが、この姿が重要で
繰り返して経験していくことが
確かな力につながっていきます。

簡単に大人が口出しをして
大人が考える、より良い解決を
させてしまうのではなく

未熟でも、不十分でも
子どもだけの力で解決をした。

見ている大人は解決していないと思っていても
当事者の子ども同士が解決したと
納得していればOKなんです。

当事者の子ども同士が解決していない、
納得していないのであれば、
自分たちで納得できる解決を
見つけようとすれば良いんです。

もし、できないようであれば先生が入りますが
カウンセリングマインドとファシリテーションで
関わりますので最終的な判断は子どもです。

ケンカをさせない、もしくはケンカの解決は先生。

ではなく、

これまでにケンカの経験が
保証されていなければ、
カウンセリングマインドとファシリテーションが
できていなければ、
今日のような姿にはつながっていません。

先生たちに普段の保育の積み重ねです。

2011年10月25日火曜日

新たな実践

年少さんのお部屋で
新たな実践を発見しました。

以前に年中さんが給食の時の席決めを
工夫していることを伝えました。
その後、年長さんでも行われるようになりましたね。

年少さんにも広がってきたようですが、
子どもたちが分かりやすいようにと
先生たちの工夫が見られました。
こんなふうに、絵カードでの表記です。
他にもこの様に種類がありました。
数集まりのゲームのように
楽しみながら考えて集まれそうですね。

“年少さん”という発達段階を
考慮しての工夫ですね。

ただ給食を食べるだけでなく
『関わり』を意識していますので
給食を通しての教育の環境があります。
もしかすると、食育にもつながって
関係してくるかも知れませんね。

2011年10月24日月曜日

新たな実践

今日は、全学年でクッキングをしました。
先週、おいも堀に行って来たので、
おいもパーティーでした。

昨年までは、学年別でクッキングをしていました。
今年の課題は、『学年の敷居を下げる。』
ということでやっていますので、
これまでも異年齢の関わりを意識して促し、
その様子を見守ってきました。

これまでのブログでも
異年齢の関わりから得た気づきを
含ませながら書いてきています。

そこからの気づきや実感からか
今年のおいもクッキングは、
異年齢でグループを作り、行ったようです。

子どもたちにとっても
慣れないやり方でしたので、
緊張もあったと思います。
先生たちにも、今回の子どもたちの姿から
反省もあったのではないかと思います。

しかし、今日だけの結果で判断するのではなく
何回や行っていって馴染んできたときに
何が見えてくるかが重要だと思います。

うちの保育自体も今すぐの結果よりも
先を見通しての取り組みですからね。

『ただやらせる』
のではなくて
『活動の進行効率に意識を向ける』
のではなくて、

『育ちに必要な経験』を
その関わりの中にどう見るか?

です。

先生たちの自発的な
『新たな実践』でした。

2011年10月21日金曜日

『育ち合う保育』

パンダルーム(預かり保育・学童保育)での
話し合いの変化が数日前にブログで書かれました。

小学生の話し合いの成長が
幼稚園生にも影響がでているようです。

年長さんならまだしも、年少さんでもです。

何か問題がおこると、「話し合いをする!」
という言葉が出てくるようになったり、

小学生が解決のために
ジャンケンやあみだくじなどを提案
していることを見ているので、

トラブルの時に同じように提案してみたり
という姿が出てきました。

当然、小学生と比べると
中身は伴っていません。
小学生のようにスムーズではありません。

大人から見ると
不十分であったりもします。

しかし、その時その時うける
異年齢の関わりからの刺激によって
成長が促されているのが感じ取れますね。


17日に書かれた先生のブログの内容もそうです。

先生が子どもの成長の変化に気づき、
それに付き合ってあげられる
「ゆとり」があることも感じ取れます。
そして、その「ゆとり」によって
異年齢の関わりから促された
子どもの育ちが保証されていきます。

今の年少さんが小学生になったとき
現在の小学生よりもレベルの高い話し合いが
できるようになっているかも知れませんね。

2011年10月17日月曜日

支え合う関係(共生)

先週の木曜日に敬老感謝会
(祖父母と何かを作ったり、遊んだり)
がありました。

すごく和やかな雰囲気の一日でした。
おじいちゃん、あばあちゃんたちとっても
子どもたちにとっても、
大きな一日になったことでしょう。
ありがとうございました。

そんな中で・・・・・・
全園児のおじいちゃん、おばあてゃんが
来られたわけではありませんが、

しかし、我が孫でなくても
おじいちゃん、おばあちゃんが
来られなかった子たちとも
たくさん関わってくれた方が
多くいたようです。

先生たちの週日案の“反省・気づき”に
書かれていたり、直接の報告に
そのような様子がたくさんありあました。

祖父母同士、祖父母と子ども
祖父母と先生、祖父母と幼稚園など

いろいろな形の『支え合い』が
直接的であったり、間接的であったりしながら、
子どもの育ちを支えることにつながります。

この日にあった関わりを大切にしつつ
おじいちゃん、おばあちゃんたちに
感謝です。

2011年10月12日水曜日

支え合う関係(共生)

先生同士の『育ち合い』を
発見しましたので紹介します。

一つ目は以前のブログで書いた
『オーディション』についてです。

このブログで書いた次の週に
年少さんで何かを決めるための
話し合いがあったようです。
年少さんですので、大人がイメージするような
話し合いは、まず無理でしょう。
そこで、子どもたちにオーディション形式を提案をしたら、
それでスムーズに決めることができたようです。

さらに、オーディションを子どもたちですることにより
子どもたちがお互いのことをよく見ていたり、
お互いの話をよく聞いていたりと
今まで以上の、そのような姿が見られたようです。


つぎに・・・・
数日前、年中さんの担任たちが
昼食の時の席ぎめの方法を
いろいろと考えていておもしろかったので、
職員会議の中で、みんなに紹介しました。

ちなみに・・・
普段は決められた席がないので、
自由に友だちを誘って座っています。
だんだんと、いつも同じような人と
座るようになってきたので
変化を与えようと、

男の子○人と女の子○人という指定をしてみたり、
同じ背の高さの人を誘って座ってみようとしたり、

していました。


そしたら、年長さんでもそれを取り入れて
面白い誘い方の提案をしてみたようです。

第2保育期に入ると子どもたちは、
自分で仲良しを見つけ
関われるようになってきていますので

この様なアイディアは、
偏りすぎない子ども同士の関わりを
促すための接点を増やすことになります。

子ども同士の関わりを重要視している
うちの園にとっては、ナイスなアイディア
だと思います。


この様に、他の学年や他の先生が
おこなっている良い実践を知って
すぐに、その実践が広がっていっています。

知識や、技術をみんなで共有することで
先生同士が『育ち合う』ことができています。
若い先生たちですが、私が安心していられるのは、
このような支え合う関係によって、
効率よく育ってくれているからなのだなと
あらためて感じました。

2011年10月7日金曜日

新たな実践

以前にも紹介しています、新たな実践です。

写真と文字、絵と文字などによる表示が
また、増えてきました。
目から情報を得ることにより行動できれば、
いちいち先生が指示をしなくても済むことが 
生活の中にはたくさんあります。
何がどこにあるか、何をどこにしまえばいいかなど。。
言われなくても、見れば分かるようになっています。

文字が読めなくても、写真や絵によって理解できます。

後に、文字で書かれていることも
同じ意味を表していることに気づいていきますので、
文字の指導としても関連しています。

先生の指示が少なくて済むということは、
『子どもの生活が自立している』
ということですので、
視覚で行動を促す環境は、
自立を援助する環境と言えます。
考えてみれば、標識や記号、アイコンなど
日常の生活にも行動を示す表示がたくさんあります。

自閉症の子とのコミュニケーションでも
絵カードが使われます。

幼稚園や保育園の中にも、
子どもたちの生活に関連した
発達段階に合った表示が
当然あって良いと思いませんか?

まだ、うちでは始まったばかりです。
進み具合も各部屋によって違います。
不十分な部分もあります。
しかし、
今後、さらに広がっていくことでしょう。