2010年12月28日火曜日

大切にしていること

にのみや幼稚園はみんなで
「育ち合う」幼稚園です。

人は1人では生きていけない。だから、支え合う。
社会の中で共に成長していきます。
大人も子どもも、みんな・・・・
だから、関わることを大切にしてみんなで「育ち合い」たい。
支えてくれる人がいることに気づいて欲しい。
支えてくれる人がいることの喜びを感じて欲しい。


創設理念は共生の理念です。

理事長の言葉
人は人のために生きることが仕事。
幼稚園は、それを実感できる
思いやりのある人を育てていく場。
将来を担う子どもたちに、
そういう気持ちが分かるような
体験を多く用意して、
良い人間関係を創る手伝いをする。



全ての社会は共に支え合う仕組みで成り立っています。
支え合う関係は切り離せません。

人は必ず人間社会の中で生きていきます。
必ず誰かと関わりながら生きていきます。

だから

一人一人に求められる人間性があるのです。

人間関係のストレスからは、逃れられないのです。

それゆえ

生涯を通して、人間性を構築していくのです。


幼稚園教育要領の書き出しにもこう書かれています。
幼児期における教育は、
生涯にわたる人格形成の基礎を
培う重要なものであり・・・・・・

更に教育基本法に書かれている
教育の目的の書き出しにも
教育の目的は、人格の完成を目指し・・・・


この人格形成・人格の完成とは
人間社会の中で一人一人に必要な
人間性の総称なんだそうです。


難しくなりましたが・・・・

良い人間社会を創っていくには
人と人とが支え合うために
関わり合う力の育成が
重要であり不可欠である。

そして、そもそもそれが本来の教育なのだ
ということが分かると思います。


にのみや幼稚園は共生の理念
「育ち合う」幼稚園を目指しています。

2010年12月24日金曜日

大切にしていること

冬休みに入り、先生たちの実践が拾えないので
当園の理念をおさらいしていこうと思います。


『子ども第一主義』


幼稚園本来の機能を果たすために、
「子どもの育ちのニーズに応える」ことを
最優先したいと考えています。
何か判断を求められるときは、
常に子どもを真ん中において、
それが子どもの育ちに
どうメリットがあるのかを考え、
決断していきます。
過去の常識にとらわれず、
柔軟に「子どもが育つ環境をデザインしていきます。」


幼稚園は本来、子どもの為の施設であって、
子どもの育ちにとっての利益を生ませることが目的である。

ところが私立幼稚園においては、経営的問題を
無視できないことから、いつしか園児数を増やすことや
金銭的利益を目的とする園が多くなってしまったように感じます。
(表向きは違っても実質は・・・ということです。)

それらの利益を生むのに一番効果があるのは
「保護者を喜ばせてあげること」です。

「子どもの育ちのニーズ」を園と保護者との間で
共通理解されていて、そのうえで保護者が喜んでくれる。
それによって、園児数が増え、金銭的利益が
生まれてくるのが理想です。

しかし「子どもの育ち」を無視してでも
保護者の要求に応えて喜んでもらう
ことが簡単ですので、そうなりがちです。

「保護者のニーズに応える」

ということが良く言われますが、
「保護者にとってのニーズ」とは何なのか
本当に「ニーズ」なのか?
実は「個人的な要求」なのか?
その見極めをしなくてはなりません。

保護者の要求は実に幅が広いです。
たとえば同じことに対しても、
「賛成だからもっとやって欲しい」もあれば、
「反対だから変えて欲しい」もあります。

当然結果として、どちらかの意見は
採用されないことになってしまいます。


見極めというか決断をするためのに
「子どもの育ちのニーズ」
沿っているか、そうでないかというのが
当園の絶対にブレない理念から成る基準です。


当園は、園児数を増やすことや金銭的利益が
最優先される目的ではなく

『子どもの育ちのニーズに応える』

ということを最優先の目的にしています。

だから


『子ども第一主義』

なんです。

2010年12月16日木曜日

支え合う関係(共生)

先週、もちつき大会がありましたね。

役員さんと、お手伝いの方が協力してくれましたが
その姿にとても心が温かくなりました。

子どもたちが“きね”と“うす”を使って実際に
もちつき体験をしている間に

餅米を蒸かすところから、けんちん汁を作ったりの
全員分の調理を担当します。

せっかく園にきて、子どもたちが活動している様子が
見られるので、写真におさめたくなったり
ビデオを回したくなったりすると思います。

しかし、私欲を優先せず自分たちのやるべきことに
徹してくれている姿がありました。

役員として、お手伝いとして園の行事に
どう関わることが本来の姿なのか

保護者として幼稚園教育に貢献できる
ことになるのは、どのようなことなのか

保護者役員制度は、どのような
必要性から生まれたのか

これらが整理されれば、間接的でも
結果的に子どもの育ちに関わって
いることが実感できます。

保護者一人一人が幼稚園スタッフの
一員であることが実質的な部分からも
言えるようになると思います。

親と子の関わりではなく、保護者という
幼稚園スタッフとしての関わりが
園としても非常に大きな意味をなします。

感謝。感謝です。m(__)m

2010年12月7日火曜日

子どもの育ちのニーズに応える

発表会が無事に終わりました。

子ども主体の取り組み方をすると
子どもの育ちの段階も見ることができます。

やらされないで、どの程度できるのか
現時点でとのどこまできるのか
どのようにやろうとしているのか

子どものありのままの姿を見ることができます。


しかし
やらされていると、やらされてできている姿しか見えません。

いつもやらせていれば、確かに良くできるようになります。
良く育っているように見えます。

しかし、やらされている姿ですので、本来の姿ではありません。

偽りの姿からでは、子どもたちに本当に必要な
環境や援助は見いだせませんよね。
はたして、やらされてできる子で良いのでしょうか?

やらされてできている子は、
やらされなくなるとできなくなります。

やらされる=他律
自分の意思でできる=自律

教育の目的は、自律した人間を育てることです。

ですので、発表会だけに限らず、あらゆる面で
『仕込む』『やらせる』ことから卒業したのです。

もうご理解いただけていると思いますが。

派手な演出をして高度な発表をさせようと
子どもを『仕込ん』で強制的に子どもに『やらせて』
では自律した人間は育ちません。

本来、大人の価値観でしか見れないのは寂しいことです。
大人の価値観を押しつけることは、大人にとっては
都合がいいですが、子どもにとっては不幸です。

発表会までの過ごし方に、
どんな経験が含まれていたか?
友だち同士が深く関わることで
人間性の育ちに必要な刺激が
どれだけあったか?

ということが重要ですので、『やらされる』環境よりも、
子どもが主体的に活動できる環境が必要になります。

子どもの育ちのニーズは今の結果ではなく、
先を見据えた上で今という過程を
どう過ごすかなんです。

2010年12月1日水曜日

子どもの育ちのニーズに応える

うちの園では発表会だけでなく、普段から
子ども主体で保育を進めています。

先生がレールを敷き、子どもにその上を走らせるような
先生主体の保育では予想通りの姿しか見られません。
先生もそれで安心を得ているように感じます。

しかし、今現在の子どもの『生の姿』を捉えながら
子ども主体の環境を造り保育をしていくと
一斉保育や、管理保育では絶対に見ることが
できなかったと思える、子どもの良い姿が
たくさん見られるようになってきました。


残念ながら保護者の方々には、見えにくいですが。


人はロボットではないので、それぞれ個性があります。
ひとりひとり違うことが当たり前ですよね。

画一的な教育のもとでは画一的な集団である
ことしか認められなくなります。

そしてその枠から外れる子は
先生からも煙たがられます。

いじめの対象になりやすいのも、
画一性からはずれた子です。

身体的な特徴
外見的な特徴
行動的な特徴
などなど

みんなと違うことが攻撃の的になってしまいます。


さらに、大人の圧力などによって枠にはまることを
強制されていた子たちは、しだいにその枠から
出ようと反発するようになります。

大人が次ぎにとる行動は、以前よりも更に
強い圧力で押さえつけようとします。


そして、更なる反発が
自分にはがあるんだとうことを
社会に反する行動をとることにより
示すようになっていきます。


また、圧力をかけられなくなると
その開放感から一気にはじけてしまいます。


このように考えると、いろいろな問題は、
画一的教育や管理教育
によって生まれているように感じます。


今、世界的に社会で求められているの一つに
コミュニケーション能力があります。

人と関わることでしか育たない力です。

人間社会の中で人と関わっていくから必要な力です。


本人が身に付けていく力ですので
大人が関わりすぎては身につきません。


人間社会で生きていくために必要な力を
『確かな力』として育てるためには

大人が関わりすぎてはいけないのです。

だから子ども主体の保育が必要なのです。

保護者の方々には見えにくく評価されにくくても
我々には、はっきり見えています。


今のうちの保育が、そして更に近づこうとしている目指す保育が
『子どもの育ちのニーズに応える』
ことができると。

2010年11月26日金曜日

『認める保育』


子ども同士で、『認め合い』『誉め合い』
当たり前のようにおこなわれるようになっています。

更に良くなるためのアドバイスも、先生ではなく
子どもから言ってもらっていました。


 
集団が全体的に、どう上手になっているか、
昨日と今日とでは、どこがどの程度上手になったか
ということは子どもたちには、よく解りません。

大人でも、その人により感想は違います。

ですので、実際は上手になっていなくても、

さっきよりも上手だったよ(^^)とか
昨日よりも、少し上手になっていたよ(^^)と

何の根拠も無しに先生が言ったとしても、
子どもたちにとっては嬉しく、
自信を持っておこなうようになります。

ということは

子ども同士の『認め合っている』『誉め合っている』内容が
たとえ大人から見て不十分な内容でも、
その“認められた子”“誉められた子”本人が
嬉しいと感じ、満足できていれば、
自信を得ることができます。

発表会のような行事の目的は、
自信を持って自分なりに表現する
ようになることです。

高度なことを見せる。ではありません。

ということは?

重要なのは?


大人目線の出来を求めた
先生の教え方や満足感ではなく


その時の“子どもの気持ち”
ということになります。

子どもが伸びるときは、その子が『やる気』に
なっているときです。先生はその子の『やる気』
が心の中で大きく広がり、充実するように、
ほんの少しだけ、お手伝いしてあげれば良いのです。

『好きこそものの上手なれ』

その気になれば、自分で伸びようとしていきます。



しかも


全員が将来プロの音楽家や
プロの役者になるための
英才教育をしているわけではないですから・・・



子ども同士が
『認め合い』『誉め合い』
『アドバイスし合っている』
ので、和やかな雰囲気の中で
表情もイキイキとしています。
子どもも、先生も。

大切なのは、現時点での結果ではなくて

成長過程の今を、

どのような過程をどのような経験をして

過ごしているかです。

自分自身にもっと自信をもてるように、
自分自身の可能性をもっと信じることができるように、

なってほしいです。。。

2010年11月25日木曜日

『見守る保育』

年長さんのダンスグループだけでなく
ペープサートグループも
ラジカセを自分たちで操作して
発表会の練習を進めています。

自分でやってみることにより、
探求していく態度が育てられます。

幼児は、手で触ってみたり、全身で感じてみたり、
あることを繰り返しやってみたり、考えたりしながら
物に関わっていきます。

このような関わりを通して、その物の特性を探り当て、
その物に合った工夫をすることができるようになります。

テーブルを出したり片づけたりするときも
足を出したり、たたんだりの操作が入ります。
子どもがなるべく参加するのは、その経験から

「こうなっているのか!」
「こういうことか!」
「こうすればいいのか!」
「こうしたら、うまくいかないのかな?」

などの気付きから工夫をしようとしていきます。

先生は、このような子どもの力を信じ、
その上でどのような援助が必要か見極めるために
『見守る』ことが必要になります。

大人には単調な繰り返しに見えることが、
幼児にとっては重要な意味をもっている場合もあります。
ですので幼児なりの物との関わりを
十分に楽しむことが大切になります。

園内にある様々な物には、
いろいろな仕組みを持った物があります。
子どもがその仕組みそのものに興味を示す
ことがあるので、より探求できるように
援助していくことを心掛けたいです。

幼児期は、幅広い経験が必要とされています。
今のうちに、沢山の失敗を経験できるように
温かく見守りたいものです。


・・・・・・・・。

だって

失敗をさせないように保育して
失敗しないように注意しよう!

では、矛盾があるように思いませんか?

失敗を経験していないのに
自ら注意しようという気持ちになれるでしょうか?

2010年11月24日水曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

年中さんも、なにやら作っていました。


マラカスですね。

(画一的にならないように、選択肢があったのですが
同じ方法を選んだ子が多かったので結果的に
同じものが多くなってしまったようです。)


発表会で年中さんは歌の他に
鍵盤ハーモニカの演奏が
定着してきています。


得意な子も不得意な子も
充実して参加できるように、
最近は工夫をしています。


基本的に、できる子や、やりたい子は
積極的に練習をし、楽しむことができます。

できない子や、やりたくない子の
気持ちを考え、どう充実させるか
が工夫のポイントになってきます。

一昨年は、ベース音を拾って
弾いていくようにしてみました。
練習しているうちにメロディーの方を
弾いてみたくなったら、その時点で変更は可です。

昨年は、ベースバージョンではなく
メロディーをつまみ食いするような
簡単バージョンをつくり
同じように進めていきました。

両年とも、練習しているうちにメロディーの方に
自分からステップアップする子が何人かいました。

できる子たちも、たまに簡単バージョンを
弾いてみたりしていると、更に上手になるんです。

さて、今年は?ですが・・・

どうしても弾けない子や
どうしても興味を持てない子
選択肢をどうするか・・・・です。

できる子も、できない子も
全員が楽しく参加できるために
子どもたちと話し合った結果、
手作りの楽器で参加することになりました。

ですので、マラカスを作ったということです。

子どもが主体的になれるように
現時点の自分が自分で決められるように
レベルの選択肢が3つになりました。

パートは現時点では決定ではありません。
練習の時は、その日の興味や気分などにより
どのパートで参加してもOKです。

楽しそうにやっている子を目にしているうちに
自然とやってみようという気持ちが生まれてきます。

自分よりも少しできる子が近くにいることで
言われなくても自然とその方向に向かいだします。


上手になっていく過程が
『仕込まれて』『やらされて』よりも、
できれば、自発的に主体性が生まれ
上手になれた方が充実感があります。

外発的よりも自発的にきっかけが生まれ
主体的に取り組む過程の中で
多くの意味のある学びをしていきます。



現時点で子どもが自分で選んだ、
自分で決めた答えですから
大切にしてあげたいと思います。

2010年11月18日木曜日

ぎりぎりの援助

他の学年に比べて年長さんは、自分たちでできる
ことが多いので、先生の関わりは少なくなります。

みんなで考える中で、誰かが良いアイディアを出すと
ここはこうやったら良いんじゃない?
と提案し合いながら、作られていきます。

必要なものが出てくると、自分たちで作ります。
今日は、別のグループが何かを作っていましたよ。


年長に比べると年中さんは、自分たちでできることが
少なくなります。先生の関わりも、年長さんよりも多くなります。

劇のストーリー展開やセリフなど、子どもの日常生活
の中から引き出し、それを先生が拾い上げていきます。

そうして、子どもと一緒に作り上げていきますが
子どもとしては“やらされている”感覚ではなくて
“自分たちで作っている”という感覚でいることが
重要になってきます。



年少さんも同様で、年中に比べて年少さんは更に
自分たちでできることが少なくなります。

しかし、全部を先生が、ではなくて
できるだけ子どもから拾い上げていきます。

どの学年も同じように、同じレベルのことが
できるはずがありません。
ですので、先生の関わり方に違いが出てきます。

必然と子どもの発達段階に合わせて
必要な援助をすることが求められますが、

このような役割のイメージとしては

意見を引き出しながら、
時には提案をし、
状況を整理して
目指している方向にまとめ上げていく
テレビ番組のMC的な役割

専門的な用語で言えば、ファシリテイター的な
役割になることが求められます。

2010年11月17日水曜日

選択性のある保育

選択制保育の目的の一つに
『子どもが考える余地を残す』
があります。

発表会の劇部門も、どんな話を
何で表現するか、を子どもたちが決めます。

表現に必要なものがあれば、子どもたちが作ります。
それも、どんな素材で作りたいかを
グループで話し合って決めていきます。


はじめは、何もないところから自分たちで考えなさいと
言われても、なかなか考えることはできません。

簡単に先生が、こういう方法でやりなさい!
としてしまうと、子どもの考える余地が無くなります。
 
そこで、保育者が子どもに選択肢を提示します。


こういう方法もあるし、こういう方法もあるし
こういう方法もあるよ?


年長さんのペープサートグループは
フェルトで作ることに決めたようで
その制作を今日していました。

子どもたちの中には、以前の活動で
フェルトを使った経験があったので
今回の選択肢に入っていたのだと思います。


過去の経験が現在の選択肢として
増えれば増えるほど、これから
子どもがやろうとしていることの
世界が広がっていきます。

後には、先生や大人が選択肢を提示しなくても
自分の過去の経験から判断をしていくとが
できるようになっていきます。

『自分で考える』ということが
重要な経験になりますが、
発達段階に合わせたアプローチが必要です。

選択制の保育をすることで
社会の中で通用するレベルの答えを
自分で考えて出せるようになる

ということにつながってきます。

社会の中で『生きる力』が『確かな力』
として育っていくことを信じて


選択性のある保育を心掛けています。

2010年11月16日火曜日

『認める保育』

年中さんが発表会の歌の練習中、
クラスごとに見せ合いっこをしていました。

○○くんの声が良く聞こえた。
△△ちゃんの声がきれいだった。
などなど。

誰がどんなとこが良かったかを言ってあげていました。

子ども同士の認め合いがすごい効果があるのは、
これまでに分かってもらえていると思います。

さらに子ども同士が認め合うだけでなく、先生も
○○組さんは、お友だちの良いところを見つけるの
上手だねと誉めてあげていました。

認め合いを促すだけでなく、そのやり取りを先生が
また認めるとプラスの循環が生まれます。

そうすると子どもたちは、お互いの人間関係を
どんどん深めながら育ち合っていきます。

子ども同士が育ち合う循環ができだすと
先生は、その様子を見守れるようになります。

先生がいつまでも関わらなくても良くなります。

いつまでもやってあげる。いつもやらせる。
という関わりすぎ(過保護や過干渉)は
良くないですからね。

先生主体<子ども主体

またまた年少さんの朝のお集まりの話です。

年少さんが発表会の練習で遊戯室に行っている間
ひよこ組は、お部屋で遊んでいました。

今日は、年少さんが戻ってきてから朝のお集まりでした。

ひよこ組が遊んでいるところに、年少さんが戻ってきて
集まりだしました。しかし、ひよこ組の何人かが
遊びを終わりにできないでいました。

先生がどうしよう?と言うと
年少さんのお兄さんお姉さんが
連れてきてくれました。


お当番は、やりたい子が出てきて自発的にやってくれます。



○○マークさーん
□□マークの△△ちゃーん


先生のお話が始まると・・・・
まず、「今、しずかに待てていたカッコイイひとが
いたよ。」と言うと、子どもたちが「□□くーん。」

先生は、自発的に出来ている姿を認めていました。

前を向けない子にも、先生が注意する
のではなくて、その子の近くにいる子に促します。


基本的なところをコントロールしながら
先生主体<子ども主体になるように
意識しているので、必然的に先生主導でなくなります。


そんなふうに先生と子どもの関わりを
続けてきたので年少さんの集団としての
自立がずいぶんと見られるのだと思います。



ひよこ組は、まだまだ手がかかるところがあったり
最近入園の子もいたりなので、先生の負担は大きいです。
しかし、年少さんの方で余裕があるので、
同じ部屋にいるとサポートしやすくなります。

子ども同士だけでなく先生同士も、
すごく機能している感じがありました。

2010年11月15日月曜日

選択性のある保育

それぞれの先生が、子ども同士の関わりを
今まで以上に、意識して
保育室の環境設定を工夫しています。


がしかし、うまくいってそうなところと
そうでなさそうなところがあるのが現実です。

その明暗を分けているのは、ランチルームの
存在が大きいように思います。

年少さんは、ひよこ組のお部屋を
年長さんは、遊戯室を
ランチルームとして使えることで
それぞれの保育室の環境設定がしやすくなり
園生活全体として充実が図れている感じがします。

しかし、年中さんにはランチルームとして使える部屋が
無いので保育室の環境設定がしにくいようです。


このことは、先生の責任では無いですね。

これで良いのかを、すごく悩みながら
実感も少ないので、不安もありながら
頑張っている様子が伝わってきます。

他の学年がうまくいっているような姿を見ながら
なのでプレッシャーも感じているのかなと思います。


しかし、現状としてできる範囲でも園の理念に沿った
環境がきちんと見られるんですよ。

選択制保育の目的の一つに
『子ども同士の関わりが自然と発生しやすいように』
がありますが。

複数のゾーン設定はできないですが
興味やレベルに合わせて
遊ぶ物を選択できるようになっています。

ですので、その日その日の興味で、自然と
ゾーンができて、そこで関わりが生まれています。

例えば、今日のすみれ組では、
パズルを出してきて5~6人の集まりができていました。
ピース数が増えると難しくなるので、
子ども同士で教え合いながら遊んでいました。
お互いの表情もすごく良かったです。

活動を選択できて、関わりも自然発生していますよね。

さかのぼって思い出してみると、天気の良い日に
机を外にだして、紙ヒコーキ製作ゾーンを設定したり
していたこともありました。

無い物ねだりをしても、なにも進まないので
無いなら無いなりに、新しく創造しようと
していることがすごく感じられます。

『創造する力がある先生』
『創造しようとする先生』は

ずっと成長し続けていけます。園としても頼もしいですね。

2010年11月12日金曜日

『見守る保育』

発表会の練習様子を見に行きました。


年長さんのダンスグループ(13人)がすばらしいですね。
お部屋を覗いたら、先生は誰もいませんでした。
30分くらい黙って見ていたのですが、その間
先生が来たのは5分くらい様子を見ただけでした。

ごめんねぇ、かまってあげられなくて。
○○くん、すごい上手になったね。

と言って、去っていきました。


しかし、先生がいなくても
子どもたちだけで、練習が進んでいるのです!

ちょうど、見せ合いっこをしようとしていて
その順番と組み合わせを決めていました。
ラジカセも自分たちで操作して始まりました。

すると!!

○○ちゃん上手だね!
○○くん、ここ上手になったね!
と認め合ったり。

○○ちゃん、いまのとこ、こうだよ。
と教えていたり。

しているのです。
できない子は自分から、なんとなく見よう見まねで
やってみたり、しながらが基本姿勢です。

そこに、できる子たちが気づいたところを
認め合ったり、教え合ったりして
和やかな雰囲気で練習が進んでいました。

先生は、そこにはいません。
(くどういようですが。)
非常に感動しました。(・o・)


 
そもそも、ダンスを習っている子たちが
発表会でやりたいとお願いしてきたのが
きっかけですが・・・(5月か6月ごろでしたか。)

ダンスを習っている子たちだけのためには
できないので、条件をだしました。
ダンスを習っていなくても、やりたいと言う
お友だちがいたら一緒に入れてあげること。
そして、当然できないので責任を持って教えてあげること。

その当時は、できなくて教えてもらっていた子が
今は、できるようになっていて
教える側になっているんですよ!

恥ずかしくて人前ではできなかった子も
今では自信がついたのか、人前でできる
だけでなく、教えられるようにもなっているんです!
予想以上に子どもたちのやり取りが出来ていて驚きました。

普段から、自分たちがやりたいと思っていることを
いろんな課題を自分たちでクリアしながら
やってきたから、また先生は、その経験を保障して、
そしてその様子を見守ってきたから

子どもたちは力をつけてきたんですね。

子どもが育つようにと、大人が関わりすぎると
カリカリカリカリ、イライライライラが多くなります。

そんな環境で、子ども側の気持ちはどうでしょうか?

やらなかったら怒られるかも。
できなかったら怒られるかも。
間違えたら怒られるかも。
じゃぁ、怒られないためには・・・・

お互いの精神衛生的に良くないですよね。

しかし

やりたいことをやらせて子どもが育つのですから
子ども側も楽しいし、大人側も楽です。

子どもを育てることって本来は楽しいはずですから。

一人一人に応じた保育


年少組の一部の子たちが、築山にダンゴムシを
捕まえに行ったらダンゴムシがいませんでした。

あんなにいたダンゴムシはどこへ行ってしまったのでしょうね?

次の瞬間ある子が、「あっちに赤い実が沢山なってるよ」と
言うと、みんなでそこへ行って、赤い実を採ることになりました。

小さな実なので、プリンのカップなどに入れていました。

ある瞬間、カップを振ってみると
音が鳴ることに気づいた子がいました。

発表会の練習をしていることもあってだと思いますが
担任が、何気なく「楽器みたいだね」と言うと、
一気に心が動きだしました。
 
セロハンテープを製作ゾーンからテラスに持ってきて
プリンやヨーグルトのカップ、ヤクルトの容器などなど
を思い思いにくっつけて楽器にしていました。

つくりながら、何度も何度も実を採りに行ったりして
すごく盛り上がっていました。

テラスで作っているので、それに気づいて

興味を持つ子もいます。興味をもったら
真似をして一緒に作り始めます。

そして、さらに盛り上がっていきました。

・・・・・・。

じつは、そのの実は、すこし柔らかいので
乾いた音は出ません。

そして、あまり大きな音にもなりません。

大人の価値観だと初めから、もっと楽器らしく
音が出るものを作らせたいと考えがちです。

しかし

今は子どもがそれで満足しているので
あえて様子を見守ります。

もしかすると、ちがうものを拾ってきて作ってみたら、
もっと音が出ることに気づくかもしれません。
いろんなものを入れて試してみて、音の違いを
楽しむようになるかも知れません。

いろんなところで、子どもが自分の経験から
何かに気づくこいうことは、
その後の育ちに大きな意味をもたらします。

普段の何気ない子どもの気づきを敏感にとらえてあげる。
子ども一人一人の気づきが新鮮なうちにに柔軟に対応する。

この実現のためには、設定した一斉的な保育よりも、
一人一人に応じた、応じられる保育が必要です。

今は、“どうしてダンゴムシがいないのか”も
教えてあげれば簡単ですが、
自分で気づく、自分から知る
という経験を奪ってしまうことになります。

子どもの探求心を育て大切に扱ってあげることが
意欲につながってきます。その意欲が、小学校以降
の学校生活においても大きな影響を与えます。

2010年11月11日木曜日

話し合い

先日、年長さんでちょっとした事件がありましたね。
先生が足りなくなってしまった分の
コアラのマーチを新たに出してあげれば
簡単にその場は解決しますが、
そうはしないで見守ったから出てきた姿ですよね。
見守ったからできた経験ですよね。

 さて今日は、年中さんで事件です。

ある子が園庭でゴーカートに、
ひかれて?はねられて?しまいました。
(ケガは、ありませんでしたが。)

発表会に向けて練習を進めたいところですが
まだ、しょげたままで元気が戻らない
その子を心配して、クラスで話し合いをしていました。

このまま何の注意もしないで遊んでいたら
また、誰かがひかれることになる!
もしかしたら、今度は自分がひかれてしまうかもしれない!

どういうふうに気を付けて遊ぶべきかを話し合いました。
効果がありそうなものから、そうでなさそうなものまで
いろいろ出てきました。

自分たちだけがルールに従っていても
解決にならないので、ほかのクラスや他の学年にも
お願いに行って、注意を呼びかけました。

ルールは自分たちを縛るものではなく
自分たちの遊びや生活を楽しく保障する
または、自由を保障するためのものです。

上から(大人から)の圧力でルールを守らされる
のではなくてルールの必要性に気づき、自ら守ろう
とするようになっていくために、このような経験が
深くつながっていきます。

このようなことの他にも、発表会の練習を
通しても子ども同士のトラブルは出てきます。
そのトラブルを先生が解決してあげてしまったり、
解決を先送りしてしまうことは簡単です。

以前は、発表会に向けて練習を急ぐあまり、
そのようなことがありがちでした。

しかし!

発表会の練習を中断したことが
当日の出来に大きく影響したとしても
今、乗り越えなければならない問題
に取り組んでいく方が、よっぽど重要です。

発表会という園の行事の都合に合わせるよりも
子どもの育ちの都合につき合っていきたいものです。


今日は、全く練習できなかったようです。

ぎりぎりの援助

年少さんにもサークル対話をしている姿が見られました。

後から担任に、何を話し合っていたのか聞いてみたところ
発表会の内容について、いくつか決めていたようです。


一方的に仕込まないとできないのなら、やらないほうが良い!
仕込まなくてもできる学年だけで、発表会をすれば良い!

と昨年の発表会から方向転換しました。

「年長さんだけにしようか?」の問いかけに
「全学年やりたい!」と先生たちが答えたので

先生たちは、年少さんでも仕込まないで
子ども主体の取り組み方をしなければなりません。
また、それができるようにアイディアを
出さなければならないのです。


そうなると当然、話し合いをしてみたり、
子どもが決めやすいように選択肢を提示
したりすることが必要になってきます。

時には子どもなりの考えに共感し認めたり
練習が進んでいくと、子ども同士で
教え合ったりすることが必要になってきます。

当然、年長さんと比べては、話し合いの手法も
限られていますし、一人一人の会話能力も
決して高いわけではありませんので
レベルの高い話し合いはできません。

がしかし、やってみないと現時点で、
の程度のことができるのかは分かりません。

最終的な決定はもちろんですが、その他の部分でも
できるところは、できるだけ子どもに任せます。
どうしてもできないところだけを先生が援助しますが、
援助しすぎても援助が足りなくても良くはありません。

先生が関わり過ぎない、ぎりぎりのラインを
見極めるためには、まず子どもなりにやっている
姿を見守るこが必要になります。

先日、少し発表会について説明をしていますが、
一人一人によって、もしくはグループによって
援助のタイミングや度合いは違ってきます。




普段からぎりぎりの援助を心掛けたことによる
発達があったことは、これまでのブログからも
伝わっていると思いますが


行事などの機会を捉えて、チャレンジしてみると
普段よりも子どもたちの気持ちが高ぶっている分、
もしかするといつもより上手くいきやすいかもしれません。

2010年11月10日水曜日

先生主体<子ども主体

先日、エコ活動の紹介をしましたが、年長さんの自発的な取り組みを
他の学年にも広げようと、お誕生会の中で先生たちがそれを紹介しました。


家へ帰ってみると、うちの子も
「まま、明日ペットボトルのキャップ、幼稚園に持っていく!」
と、さっそく伝えたようです。


『先生主体ではなくて子ども主体の活動』

『子どもが保育計画に参画する活動』

以前にも、紹介した世界水準の保育が
少しずつ見られるようになってきました。

ペットボトルのキャップ集めは、ありきたりの活動かもしれませんが

提案されたことだけをこなすのではなく、自分たちで
動き出すことは、なかなか大人でも難しく思いますよね。

でもそれを、子どもたちがやっているわけですから・・・

大人側は、考えさせられます・・・


他にも“とちまるくん”とキャラバン隊から牛乳パックが
トイレットペーパーにリサイクルされることも教えてもらったので、
作りたいと言った子もいましたが、さすがに無理なので、代わりに
「はがき」が作れることを提案して、準備を進めています。