2010年9月30日木曜日

先生主体<子ども主体

運動会を間近に控えていますが、練習を見ていると
取り組み方も少しずつ変化が見え始めました。

以前よりも、笛の合図が格段に減ってきた印象を受けます。

そもそも運動会は、軍事教練のなごりだと言われています。
体育大で学んだ学校集団行動もそうです。
指揮官が出す、決められた合図をうけて集団が安全かつ効率的に
行動する。揃っていれば、見た目ではキレイなので先生たちの
指導力は高評価につながります。

しかし、運動会は子どもを見せ物にする取り組みではありません。

「仕込みや」、「やらせ」によって表面上だけできているように
見せるのは、教師のエゴです。

あくまでも目指すところは他律ではなく、一人一人の自律です。

そして、発達には個人差があることを踏まえなければなりません。
発達の早い子もいれば遅い子もいます。早いから良くて、遅いから悪い
ということはありません。

例えば、運動会当日を基準にしてその日までに何かが
全員同じレベルをクリアしていなければならないということはないのです。

大人に指示されることが多かったり強制されることが多いと、自分で
考える力が弱くなります。指示待ちで受け身であったり、他律されることに
安心感を感じるようになります。
逆に、その圧力に対して反発するようになる子も出てきます。

その場しのぎの解決ではなく、長い人生のなかで他律ではなく
自律していくことを見通したとき、子たちが今必要とするのは
主体的に行動する経験なのです。

子どもたちが、その後の教育の基礎(意欲などの探求心)をつけるのも
その後の人生において必要な力(コミュニケーション能力や創造力など)を
つけるのも、子どもの主体的な活動による経験から培われていきます。

運動会の現状として、指示が多くなりがちですが出来るところから工夫を
して、子どもが主体的になれるようにしていることは先生たちのブログからも
見えると思います。

先生たちも園長からの圧力ではなく自律して、過去の常識にとらわれず
より良い実践を生み出してくれています。

経験も浅く、若いですが心強いです。

2010年9月17日金曜日

先生主体<子ども主体

ちょっとした工夫で先生主体が子ども主体になります。


バスが園に到着したとき「ハイ、じゃぁ前の人からおりてね。」
となりがちです。


前と後ろ、どっちから降りる?と聞いてあげると、子どもたちから
意見が出てきます。それに付き合ってあげることで、子ども同士の
関わりから必然的に考えることになったり、我慢することが必要に
なったりします。先生が決めれば、スムーズですが子どもの
経験を奪うことになりす。


上(大人)からの圧力に従うのではなくて、自分たちで折り合いを付ける。
こういう経験の積み重ねが、後に力となってきます。

ある日、先生が「昨日は前からだったから今日は後ろからにする?」
と聞くと「いいよ!」もあれば「やだ!」も出てきます。


じゃどうする?と聞くと、「ジャンケン!」といってジャンケンをしてみると
結局、後ろからになったりもします。


先生は、何も言わず温かい対応をします。


こういうゆとりがあると、温かい雰囲気で良いですね。

2010年9月13日月曜日

園生活の自立

ひよこ組(2歳児)だって園生活において必要なことが自立していきます。
先生が誰かのお世話で、お部屋を離れたって自分たちだけで
待っていることができるようになってきました。

写真は、さよならをするために集まっているところですが、あか、あお、きいろの円を
床にビニールテープで貼っておくことで自分の好きな色のところを選んで座ることができます。
なにもないところで、ただ待っているのは子どもにとって非常に苦痛ですが、ほんのちょっと
楽しみを持たせてあげるだけで、全然違ってきます。

子どもが興味を持ちやすいように子どもの特性を考えた環境設定になっています。

もう一枚の写真は、遊戯室などに並んで移動するときの工夫ですね。
強制的にまっすぐに並ばされるのではなくて自然と、きっかけに従ったら
まっすぐになることができます。

そして、すかさず・・・「まっすぐに並べてえらいねぇ~」などと
声を掛けてあげるとうれしくて、どんどん調子に乗って
自分からするようになります。

強制されることが多く育った子は、考える力が弱くなります。

たくさん誉められて育った子は、自尊心から自分の可能性を
広げることができるようになります。


しだいに、このきっかけがなくても並べるようになっていくはずです。

2010年9月8日水曜日

役割

今年からチーム保育になったので、1人の先生が先回りして準備をして
もう一人の先生が保育をリードしてというように、役割ができたことによって
子どもの園生活におけるスムーズな導線もひけるようになりました。

しかし、そこで気になったのが年少さんだと30人、年長さんだと50人を
一人で見なくてはならない時間帯ができてしまいます。普通に考えると
非常に大変なことですが様子を見ていると、さほど大きな問題にはなって
いないようです。

以前、年長さんの保育の中で少人数のグループ活動をしていたときに
スムーズに話し合いをして決めることができるグループと、そうでない
グループがはっきりしていました。その差が何なのかを担任に聞くと
グループをリードする子がいなかったり、アイディアを出す子がいなかった
り、ようは人材不足というかコマ不足が生じていたからでした。

画一的な一斉保育、管理保育などトップダウン的な保育を行うときは、
少人数の方がやりやすくなります。しかし、うちの園の今の保育は
子ども同士の関係を重要視し、個性の違い(個人差)が絡み合うように
子ども達が自然と役割を果たすようになっています。集団が小さいと
それぞれの役割を担う子が少ないのでやりにくくなってしまいます。

ということから、うちの園の場合は逆に人数が多い方が保育がしやすい
状態になっていたのですね。

2010年9月6日月曜日

一人一人に応じた保育

今日、4歳児健診の位置づけにある、のびのび発達相談が
おこなわれました。
発達障害は早期発見、早期支援(療育)が必要とされていますが、
発達障害が低年齢では見つかりにくくなってきていることから、
数年前から各幼稚園、保育園を回っておこなわれるようになりました。
毎年、市の保健師さんや、小学校の特別支援の先生、臨床心理士さん
など5名くらいが来園し4歳児を中心に観察していきます。





最近は、障害があるとは思えないが、心配な子が非常に多い状態です。
今回のような、取り組みは障害児であることのレッテルを貼ることが
目的ではありません。特別支援という言葉がありますが当然、障害を
持っている子には特別な支援が必要ですが、その他の心配のある子に
対してもその子の現状や今後を考えての支援が必要になります。
ですので、”その子に合った支援””その子に応じた支援”
と意味を変えずに言葉を換えると、うちの園でおこなっている保育の
考え方と重なり合うのがわかりますね。
障害がある、ないに関わらず人はみんな同じではない、違うのが当たり前
なので全ての子どもに特別な支援をしていこうと考えています。


一人一人に応じた保育は一人一人に対する特別支援保育と言えます。


担任の子どもたちへの声のかけ方が強制的でなく、子どもの気持ちを
汲みながらであったり、子ども同士の関わりを含ませながらの声のかけ方
(促し方)が発達支援の専門の先生方から高評価をうけました。


園の理念を意識した、先生の具体的な行動が外部の専門家からの
評価を受け大変自信となったようです。

2010年9月3日金曜日

自立を支える

年少さんが、自分でクラーポットの麦茶を注いで飲んでいました。
自分で出来そうなことや出来ることは極力自分でします。

時間がかかる子がいても、じれったくても、その子なりに
やろうとしていることは手や口を出さずに見守ります。
失敗しても、とがめることはしません。
どうしてもできなくて、「やって。」と来た場合は温かい気持ちで
笑顔でやってあげます。こうすることによって子どもは自然と
自立していきます。

本来は、ペットボトルなどから注がせたいのですが猛暑ですので、
冷たいものをと考えるとクーラーポットになってしまいますね。

ドイツの幼稚園に勉強に行ったときも、1歳8ヶ月の子が1リットル
くらいの瓶のポットからガラスのコップに自分で注いで飲んでいました。
その時の先生も、やはり温かい表情で見守っていました。

未熟でできないうちは、温かい気持ちで十分にやってあげる
ことをしていると、徐々に自分でやってみようとするように
なってきます。
そしたら今度は、一人でどこまでできるのか、どのようにやろうとする
のか見守ることが必要です。

危ないからダメ。こぼすからダメ。○○だからダメ。
失敗したら、ほーらやった(-_-#) だから言ったでしょ(-_-メ)
では子どもは自然とやってみようとはしなくなります。

大人の都合も確かにありますが、子どもの育ちの都合につき合って
あげたいものです。

サークル対話

今日の朝、年中さんが両クラスともサークルになって集まっていました。
最近のうちの園では、年長さんでは多く見られる集まり方です。
(話し合いの場を多く持たせているからです)


アメリカでも、小学校低学年では子どもたちは輪になって座っていろいろなことを話し合います。
世界的に注目の高いオランダのイエナプラン教育における教室での学習活動でも、車座になって
話し合う「サークル対話」という形式が、繰り返し使われます。


学校スタイルのように先生と子どもが向かい合っている状態だと、後ろの人の意見を前の人は
背中越しに聞くことになります。前の人の意見を後ろの人が聞くときも同様のことがあります。
そして、目もあわせず聞くことになります。
(向きをかえて発言させる工夫をしている先生もいますが・・・)
お互いが関わってる感が非常に薄いです。これでは、集団の一員としての自覚が
育ちにくい気がします。


輪になって座ると、お互いの顔がよく見えます。
話す人も聞く人もお互いに相手の表情、反応や身振りなども見ながら話せるので、お互いに
適切な反応がしやすく、相互の関わってる感が非常にあります。


誰が上でも下でもなく、良くも悪くもその場を作ることに関与していることで、
集団の一員としての自覚も促されそうですよね。
責任と権利が一人一人に等しくありますから。


これらを踏まえると、幼少期の関わり方として先生が一方的に伝える形よりも、子どもと一緒に
話し合いながらの方が社会で必要とされる力が伸ばされるような気がします。
大人側の都合ではなくて、子ども側の都合を考えて形式を考えなければいけませんね。


ちなみに日本の指導要領には、「個別指導」「グループ指導」「繰り返し指導」などと
指導の仕方が書かれていますが、オランダのサークル学習には、特定のテーマを決めずに
自由に話合う「オープン・サークル」、前もってグループリーダーや一定の子どもが話題を準備した
「準備サークル」、グループリーダーが何かをみなに伝えるためのサークル、何かを一緒に
見たりそれについて話し合ったりするサークル、観察サークル、報告サークル、自由作文の
朗読サークル、テーマ学習サークルなどがあり、これらは学習形態です。


先生主導か、子ども主体かの違いがよくわかります。

2010年9月1日水曜日

選択性のある保育

今日から新学期がスタートです。
どのクラスも夏休みの思い出ばなしで盛り上がっていました。

あやめ組では?
どういう順番で発表するかを話しあった結果、
出席番号順ということになりました。
最初と2番目のお友だちに、それで良いかを確認して、
OKがでたので決まりです。

もし、恥ずかしくなってしまって話せなくなってしまう
お友だちがいたら?

担任は、「手伝ってあげてもいいし、順番を後回しにしてもいいし」
と自分が話せると思う状況を選択肢を与えて考えさせます。

さくら組では?
話しあった結果、話して欲しい人を指名する方法
に決まりました。

もし、恥ずかしくなってしまって話せなくなってしまう
お友だちがいたら?

担任は、「話したくない理由があるかもしれないので
無理強いはしません。
遊びながら友だち同士で自然とそういう会話に
なるかもしれないしそれならそれで充分です。」

年長さんになるまでに、話しあうことをたくさんしてきました。
今だからこそ、スムーズに決まることが多くなってきましたが
はじめは、先生が状況を整理しながら
「○○でもいいし、△△でもいいし、□□っていう方法もあるよ」
と選択肢を提示しながら”考えること”と、”決定すること”は
子どもに残しながら関わってきました。

できるだけ子どもに考える余地を残すための選択肢
です。将来的には、”考える力””問題を解決する力”
へとつながっていきます。