昨日、学童保育の子たちが
宿題をしているところを見ていました。
ある子が、「面倒くさい」と言いながら
算数と国語の宿題をしていました。
私も、勉強は大嫌いでしたので、
その子の気持ちがよく分かります。
みなさんも大半がそうじゃなかったですか?
「そうだよね、そうだよね。」と
言い分を聞いていましたが、
確かにごもっともなことを言っているなと
ふと思ったんです。
算数の宿題では「これやったことある」
「前に、はなまるもらったよ~」
「これ、簡単なんだけど面倒くさいんだよな~」
国語の宿題では、漢字の書き取りを
ただマスを埋めていくだけの単純作業
ですので、集中できていません。
子どもが、面倒くさいと思っていて意欲的でないこと。
簡単に出来るようになったことを
繰り返しやらされていてつまらなく感じていること。
ただこなせばいいという感じでやっていること。
先生は、この状況を知っているのか知らないのか、
ただ宿題をだして、やらせて、確認して終わり。
ではないかなと思います。
はたして、この宿題に、どのようなねらいがあるのでしょうか?
子どもは、強制的にやらせれば、
確かに多少はできるようになります。
たいがいの子は、詰め込んであげれば、
テストでもある程度の点数は取れるでしょう。
しかし、最近の教育は『生きる力』や『確かな学力』を
育むことを目的としているはずですよね。
詰め込まれた知識でテストで良い成績を出すのは
『確かな学力』ではありません。
小学校の学習指導要領が
どう変わってきているかは分かりませんが、
カリキュラムの問題だけではないような気がします。
『生きる力』や『確かな学力』を育むためには
もっと子どもの特性や心理に目を向けた
工夫が必要なのではないでしょうか。
やらせたことで自己満足するのではなく、
もっと、子どもの『生きる力』や『確かな学力』の
育ちに目を向けて真剣に工夫を考えなければ、
子どもたちの未来は何も変わらないと思ってしまいました。
子どもを責めないでください。(先に言っておきます。)
更に、その子は家で宿題をするときは、
「隠れて、ゲームに付いている計算機でやっちゃうんだ。」
と言っていました。
私にも、覚えがあります。
計算ができなくても、計算機の使い方を知っていれば
まず、社会に出てからも困らないでしょう。
最低限の生活に必要な文字を知っていれば、
難しい漢字をしらなくても、困らないでしょう。
私たちも中学生くらいまでには、
みんな分かっていたはずです。
学校で習う授業の内容は、
社会に出てからほとんど必要ないことを。。。
しかし、なぜやらなければならないのかは、
私は、義務教育のうちは勉強もスポーツ(部活)も
人として大切なことを養っていくための
教育の方法の一つ。
ではないかと考えています。
勉強をする事を通して、スポーツを通して、
何か大切なことに気づかせることができれば、
自分自身の力で社会の中に
何かを見出していけるようになっていくはずです。
ですから、興味も能力も発達段階も違う
子どもたちに応じて考えるべきことが
あるのではないでしょうかね。
子どもが、つまらなく感じないようにするには?
子どもが意欲を持つことができるようにするには?
先生主体で押しつけるのではなく、
子ども主体での工夫が生まれてこないかな。
と期待をしたいです。
※あくまでも、個人的な意見です。