各学年で発表会に向けた話し合いが
先週あたりから行われるようになってきました。
最近のうちの園の発表会は、
何をやるかを先生が決めません。
練習も先生はやらせません。
ですので、『仕込み』もありません。
発表会で、何を発表したいかは
子どもたちが決めます。
先生は、子どもたちがやろうとしていることが
出来るように、年齢に応じた援助をするだけです。
去年のブログでも書いていますが、
発表会に必要なことは、
先生は、
1.優秀な脚本家になること
2.優秀な舞台監督になること
3.優秀な舞台演出家になること
そして子どもは
先生の望む演技ができる優秀な役者になること
では、ないはずです。
子どもたちが仕込まれた発表会で
見に来た大人を喜ばせ、
それによって園の評判を上げる。
これは、教育ではありません。
教育の目的は、「人格の完成」ですよね。
人間社会で生きていく上で必要な
人間性を身に付けていくことです。
幼児期は人格形成の基礎を培う重要な時期です。
仕込まれた高度なことを発表するのと
自分たちで考え、その目的を達成するために
自己表現したり、仲間と協力したり、
共に認め合ったり、ときにはもめたり
などの関わりを通して出来上がったもの
を発表するのとでは、
どちらが人格形成に大きな意味をもたらすでしょうか?
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最近は、いろんな楽器の音が
いろんな所から聞こえてきます。
年長さんでは、コーナーに置かれたハンドベルに
興味を持って練習していた子が
できるようになった曲を
帰りのお集まりで発表したらしいです。
みんなに認められ、本人の自信がついただけでなく
更に他の子たちへ興味が伝染しました。
次の日は、別の子たちが興味を持って
練習をしてできるようになった曲を
帰りのお集まりで発表したようです。
担任がお集まりでの発表を提案したことで
子どもの気持ちが発表会に
自然と向いていくような
アシストになりましたね。
ナイスアイディアだと思います。



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