2011年9月28日水曜日

支え合う関係(共生)

今日は、運動会の総合予行練習が行われました。

年少さんのかけっこは、以前に説明したとおりですが、
年中さんと年長さんは、
全員かけっこのタイムを計って
同じくらいの子同士の組み合わせになっていました。

その時、その時のちょっとしたスタートの違いで
毎回、順位が変わっているので、
必然的に意欲を持ちながら参加できているようでした。

年中さんのバルーンは、自分たちで振付を考えたので、
覚え込まされていないぶんキチキチしていないで、
何か余裕を感じさせる雰囲気がありました。

年長さんの組体操は、決して上手ではありませんでしたが
間違えているお友だちを正してあげる姿や
誘導してあげている姿が沢山ありました。


玉入れ、大玉転がし、綱引きはエントリー制で
自分のやりたい競技に参加しているので
当然、やる気満々です。

そして、学年関係なく異年齢での参加ですので

間違えてしまったり失敗してしまった
自分より小さい子に対して、
優しく関わっている姿も見られました。

見ていて、このような様子から
子どもたちの表情がすごく良かったり
雰囲気がとても良いことが感じられました。

終始ずっと笑顔で穏やかな気持ちで
見ていることができました。

ほとんど先生たちに任せてきたので、
全体をまじまじと見たのは今日が初めてですが

子どもたちの演技が下手でも
やっている内容のレベルが低くても
このような子ども同士の関わりの姿が見える運動会が、
もしかすると
今後、目指している運動会の形式で
大切にしていかなければならない
部分なのかも知れないな
と考えさせられました。

先生たちが自律して正しい方向へ
向かっていっているのが同時に感じられ、
私自身もいろいろと気づかされ
とても、嬉しくなりました。

運動会当日の姿や結果に良い悪いは、ありません。

保護者の皆様も

子どもたち一人一人の心理

仲間との関わり

異年齢の関わり

という目線で

新入園児は、入園前と今。
進級児は、昨年と今年で
姿の比較をしてみて下さい。

結果にこだわらず、
子どもたちのいろいろな姿を楽しんでもらえたらと思います。

そして、終わった後は
たくさん、たくさん認めてあげてください。

2011年9月26日月曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

年中組担任の週日案の【反省・気づき】を
読んでいて発見しました。

年中さんでは、運動会の練習を
【練習】と言わず【運動会遊び】と
言っているようです。

幼稚園の行事は、単なるイベントではありません。
大人を喜ばせるために、
子どもが頑張らされるものではありません。

子どもたちにとっては生活の一部ですし、
楽しいことは全て【遊び】と捉えます。
幼稚園としては、子どもの育ちが
期待できる経験として考えます。


【練習や訓練として仕込んだり、やらせたり】に
ならないように、精神的なブレーキの役割としても
【○○遊び】と呼ぶことに大きな意味がありそうですね。

うちの幼稚園は、もともと他にも
体育指導を【体育あそび】としていますし、
和太鼓指導を【和太鼓あそび】としていますしね。

できる、できないは、大きな問題ではありません。
高いレベルでできる必要は、ありません。
できるようになるまでの過程がどうであったかが
育ちにおいて重要なことです。

他律された過ごしかたをしていると
自律へは向かっていきません。
自律が促された環境や関わりの中で
過ごしていくから自律していくのです。

ただ、何かができるようになれば良いのではなくて
運動会という目標に向かって、当日までを子どもたちが
どのように自律に向かった経験をしながら過ごしていくか

自分で(自分たちで)意見を出して決めてみたり

できない誰かが、できるようになるために
子ども同士でアドバイスや援助をしていたり

大人ではなく、子ども自身が感じたことを
大切にされる環境があったり

不十分さがあったり、まだまだ未熟でも、
子どもの一生懸命な姿を
温かく見守ることのできる先生がいたり

そのようなことに共感して
応援してくれる保護者がいたりと

・・・・と考えていくと

私は心が温かくなってきます。

常にそうあるためにも、
振り返って気づかせてもらえるためにも
ネーミングって重要ですよね。

思いの込められたネーミングが
これからも更に増えていくと良いですね。

2011年9月22日木曜日

先生主体<子ども主体

運動会の練習、今日は年少さんです。

かけっこの練習をしていました。

今までは、背の順や男女別などで
組み合わせは先生が決めていました。

そして、練習の時から本番まで
ずっと同じ組み合わせで走る練習をします。

一般的には、これが普通だと思います。


年少さんですので、競争心を持って走れる子
ばかりでは、ありません。
持っている意識には当然、個人差があります。

そこで
まずは、どの子も楽しんで走れるようにと
練習の時は、好きな子で集まって走ったりしていました。

仲良しのお友だちと走れるので、
子どもたちは楽しそうでした。

今、何のために、かけっこやダンスなどをやっているのか
訳も分からず運動会の日を迎える子もいますので、
当日の姿より、練習の期間を
充実して過ごせることの方が重要です。


当日は、開会式の入場から
かけっこになるので、
背の順で並んだまま走ることになります。

今は、予行を予定されている時期ですので
背の順になっていますが、
今まで、練習を楽しく過ごしてきていますので
表情はとても良いですね。

ここでも、子どもの主体性を作る
先生たちの努力が見られました。

軍事教練式の運動会から
急に大きく変わるのは難しいので
今の状況に中でも、できる工夫を見つけていく事を
積み重ねていけば
自ずと幼児期の運動会として
相応しい形式に近づいていくと思います。

2011年9月21日水曜日

新たな実践

年長さんのブログで紹介されました、
《ピラミッド(組体操)のセンターポジションを
決めるために子どもたちでオーディションをする。》

という試み。

面白いですよね。

全てを先生が決めてしまうと
『仕込み』になる。

と昨日、ブログで書いたばかりですが、
工夫の余地をよく先生が見つけましたね。

年長になったら、組体操ができる。
というあこがれから、今年も子どもたちが
自分たちでやりたいと決めました。

指導法も極力、先生主体ではなくすために
見せ合いをして、上手なところを
子どもが見つけて認めてあげたり
もっと良くなるために、
子どもたちがアドバイスをする。

ということは他の学年でも
当たり前のように、行われています。

子どもたちのオーディションは、
発表会時期にも行われていましたが、
その発想をうまく運動会でも
生かせるところを見つけましたね。

当然、自分たちも選ばれたい。
しかし、自分たち以外のグループを
評価しなければならない。
という葛藤もありますかね?

とても良い経験をしていると思います。


そういえば、去年のマラソン大会でも
年中さん(今の年長)が、
表彰を受ける代表者(一番頑張っていた人)を
自分たちで選んでましたね。

今年の、年中さんの保育参観の時期にも
『お当番をやりたい』
という子どもの心理を利用して
姿勢のいい人を子どもたちが
選んでいましたね。

振り返ってみると、年齢に応じたオーディションが
ところどころで生まれていたのだなぁと
気づきました。

先生に選ばれるより
『お友だちから選ばれる・認められる』
ことの方のが子どもたちの心への作用が
とてつもなく大きいのは以前にもお伝えしていますよね。

先生たちがすばらしい実践を
新に生んでくれて、更に広げているので
理念道理に、みんなが育ち合ってくれています。

2011年9月20日火曜日

先生主体<子ども主体

運動会の練習の様子をお伝えします。
年中さんがバルーンの練習をしていました。

出来ているかどうかを子どもたちが確認したり、
できたあとは、壊すことを楽しんだり
(子どもは壊す方が楽しいです。
壊したいが為に意欲的に
作っているかも知れません。)
と結果を急がず、子どもの心理に沿って
練習が進められていました。

ですので雰囲気は、セカセカしていなくて
とても楽しそうでした。

以前は、できるようにさせた後は、
【きれいに見せたり】
【ピシッときめたり】と
完成度を上げていっていました。
雰囲気もピリッとしてしまいます。

それらによって先生の指導力が
評価されていたからです。

しかし最近は、
『見に来た大人を楽しませるため
だけの見せ物の運動会にしない』

『子どもの育ちに意味のある
経験として保証しよう』
と取り組み方が変わってきました。

子どもの目的は、
「かっこよく出来ているとことを
お家の人に見てもらいたい、
喜んでもらいたい」でしょう。

しかし先生の目的は、違います!

子どものそういう気持ちに
沿いながら?利用しながら?
自分の意志で頑張るように
方向付けをして

みんなが出来るようになるまでの過程で、
子どもの心がどのように動いているのか
に着目します。

先生や大人に強制されてではなく、
自分で意志決定しているか。

友だちの姿に刺激を受けて
自分で心を動かしているか。

自分(自分たち)で何かに気付けたか。

お友だちと、どのように関わっているか。

何か壁にぶつかったとき、
どのように乗り越えようとするのか。

などなど、
そしてこれらを先生がどのように
間接的な指導で援助し、
質の高い経験をさせるかが
目的であり、先生の専門性です。

担任たちは、十分に分かった上で
目に見えにくい工夫をしながら
進めている様子がうかがえました。


 完成度を上げたり、当日の勝ち負けや
成功や失敗の結果は関係ありません。

きちんとした経験がされていれば
当日の結果(姿)はどうでも、
必ず未来につながっていくからです。


『やらされて』やっていたら意味がありません。
先生が全て決めていては、『仕込み』にしかなりません。

大人側から見ると
物足りなくても、不十分でも
良い結果を急いだり求めすぎず

「急がば回れ」の精神で
温かく見守って欲しいものです。

2011年9月16日金曜日

先生主体<子ども主体

運動会の練習の様子です。

年間行事の中で、運動会が一番
子ども主体ではありません。
少しずつは、工夫が進んできましたが
まだまだ、仕込む要素が多いので
運動会に向けての期間は、
先生たちも辛いところです。

とは言っても、
最近は、練習に費やす時間が
少なくなってきた感じがします。

先生たちが、子どもの主体性を考えながら
取り組んでいるので時間配分等に変化が
現れてきたのでしょう。


まず、昨年から大きく変わってきたのは、
子どもたちの入退場のときの笛の音が
ほとんど無くなりました。

子どもたちは、きれいに揃わされて
歩かされるのではなく、
隣や前後のお友だちを自分で意識して
歩いていくようになりました。

運動会は、軍事教練の名残が強いです。
学校集団行動がまさにそうです。

集団が安全かつスムーズに動けるように
指揮者の合図に従った動きを取ります。

当然、戦場では必要不可欠です。

戦時中に予備訓練的に
学校で行われるようになったのが
後に、学校教育の成果として見せるようになり
運動会として残ったのでしょう。

よくよく考えていくと幼稚園は
学校としての位置づけがされていますが、
教育内容そのものは、全く別物なのですから
小学校以降と同じような
運動会の形式をとるのは
おかしいように思えます。

【教育の成果を見せる場】
と言うのであれば、なおさらですよね。

2011年9月15日木曜日

『見守る保育』(ちびっこランド)

ちびっこランド(幼稚園附設認可外保育所)です。

2歳児のお部屋へ行って来ました。
ままごとやブロック、絵本と
好きな活動をそれぞれが展開していました。

興味が重なると、自然と小集団ができ
そこで関わりが生まれます。

そして、まだまだ自分の思いを
押し通すことが多い2歳児ですので
仲良くばかりでは遊べません。

そこでの先生の関わりは、
問題を解決してあげて
仲直りさせることは、
していませんでした。

「これは、○○ちゃんが使ってるやつだよ。」
「取っちゃったら○○ちゃん、おこるよ。」

と最低限の情報を与えただけでした。

我慢できずに、無理矢理取ってしまうか、
あきらめて、違うものを探すか、
完全にあきらめて我慢するかの
最終的な判断は子ども自身がします。

今日の場面では、
我慢して違うものを探していましたが、
時には我慢できずに取ってしまって、
ケンカになることもあるでしょう。

しかし、その繰り返し起こるトラブルのなかで、
我慢できたり出来なかったり、葛藤したりする
経験を積み重ねながら気持ちのコントロールが
できるようになっていきます。

その年齢ならではのケンカが必ずおこります。

ケンカを通して、相手の気持ちに
気づいていけるようになります。

ケンカによって心が成長する
と言っても良いでしょう。

今までも簡単にケンカを止めるのではなくて、
今日のように、考えさせるような
関わりをしてきたので、
少しづつ我慢が出来るように
なってきたということです。

ですのでケンカする経験を奪ってしまうのではなくて
適切な距離感で子どもを見守ることが
子どもの育ちを保証するのに
大変意味のある援助と言えるでしょう。

2011年9月13日火曜日

新たな実践(パンダルーム)

パンダルーム(学童保育・預かり保育)で、
また新たな実践が増えていました。
“時間を守らない子がいるんだ”
という話を以前に聞いた覚えがあります。

子どもたちは毎週、話し合いをしていますが、
その中で、対処を考え出したのかな?
と思っています。

【外遊び5時まで】は、以前は違う場所に
表示してありました。

【小学生のおやつ4時】と
【幼稚園児のおやつ3時】を
加えて意識しやすいようにということで、
時計の近くに表示したのでしょうか。

子どもたちが、自分たちで
必要に応じて対処を変えていく経験を
保証されている環境って。

すごくレベルが高くないですか?

先生が、子どもを信じ、
子どもの経験をしっかりと見守ることが
出来ているからですよね。

やらされたり、正解を教えられたりすれば、
先生も子どもも楽です。
しかし、子どもの育ちを真剣に考えたときに
今だけを見つめていたら、
子どもにとって本当に正しいことは
見えてきません。

このような表示を思いついたことよりも
そこまでの過程が保証されていたことに
ちょっと興奮してしまいました。

2011年9月9日金曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

年中さんのお部屋で、面白いことをしていました。

“絵の具遊び”というか“クレパス遊び”というか。

いろいろな国旗を“塗り絵”風に、
先生が用意をしておいて、
子どもたちが好きのものを選び
クレパスと絵の具で色を塗っていました。

コーナーの一角に用意していますので、
いつものように興味を持った子から
活動をしていきます。
以前に絵は描かされる物では無い
遊びの中で様々な画材に触れることで
楽しんで表現していくようになる。

幼稚園では、絵を描くときに
絵の具と筆を使うことがありますが、

いきなり本番!

ではなくて、絵の具や筆で遊ぶ経験が
先にあるべきでしょうね。


ブログで書いたことがありました。

この年中さんの取り組みは、
美術展に出したり、
誰かに見せることを
目的としていませんので、
先生も子どももストレス無く
取り組むことが出来ています。

遊びの中で“クレパス” と“絵の具”
という画材に触れながら遊びながら、
“クレパス”と“絵の具”は
色が混ざらない。

という特性にも自分で気づくという経験ができます。

それぞれの特性に自ら気づくことができるから
それらを活かした自分なりの表現をしようとしたり
出来るようになっていきます。

大人からすり込まれたものではなくて、
その子らしい感性が磨かれていくことに
幸せを期待できるのは、
私だけでは無いはずです。

2011年9月8日木曜日

新たな実践

年長さんが、朝のお集まりを
ランチルーム(遊戯室)で
していました。

最近、そうしているそうです。
このことによって、
お部屋にお集まりをするためのスペースを
確保しておく必要が無くなりましたので、

※スカリーノコーナーを出しっぱなしに
する事ができるようになりました。

(※ビー玉が通る道を、積み木のように
積み上げながら繋げていく遊具)
今までは、お集まりをするために
場所を空けないといけなかったので
毎回片づけていました。
毎回最初から作り直しですので、
イメージが発展しにくく毎回
同じようなところまでしかできませんでした。

しかし、今は形になっているものは壊さずに
そのままにしておいて良いようになったので、
前回の続きから始めることが出来るようになりました。

続きができることで、イメージが膨らんだり
発展していったりしやすくなりますので、
今後は更に複雑なものや、大作を作れる
可能性が出てきたことになります。

このようにして、遊びを通して
脳が発達していきます。


全員集まる時は、ランチルームに
集まるようにすることで、
お部屋のスペースを有効に使うことができ、
場合によっては1~2個のコーナーが
増やせるということですから、
限られたスペースしかない場合は、
園生活の導線整理が
とても重要になるということですね。

更にお部屋のレイアウトが効果的に
変化していくことと思います。

2011年9月5日月曜日

一人一人に応じた保育

年少さんの朝の様子です。
奥では、みんなが集まって
ダンス?体操?をしていました。
手前の子たちは、体操に参加せずに
ブロックで遊んでいます。

おそらく一般的な幼稚園・保育園だと、
この子たちは強制的に体操に
参加されられてしまいます。

このブロックで遊んでいる子たちは
「ここは、こうすると、こうでしょ。」
「だから、こうなんだよ。ほら。」
という会話をしていました。
教え合いをしていたのでしょうか。。。

そして、次の瞬間、
体操でかかっている歌を
口ずさんでいました。
一緒に踊っていなくても、
意識は体操にも向いている
ということですよね。

もし、強制的に体操をさせられていた
ことを考えてみると・・・・
ぼけっとして、ただそこにいるだけ、
とか
やらないことを、先生に怒られていた
とかと考えられます。

今、この瞬間にみんなと同じことを
していなかったことが
“この子たちの育ちを必ず悪くする”
と言い切れるのであれば
そうすべきだと思いますが・・・・


このようにして、この状況を
分析してみると、
この子たちが強制的に
体操をさせられるのと
ここでブロックをやっているのとでは
どちらが、意味のある経験と言えるでしょうか。

先生たちは、これまでの保育からの実感から
私と同じ答えでいるのだと思います。
きちんと先を見通せているので、
強制しようとする先生は、いませんでした。

子どもの特性というか心理というか
興味というか、これらに沿ってあげるゆとりが
一人一人に応じた保育を可能にしています。

2011年9月2日金曜日

「仕込み」や「やらせ」ではなく子ども主体

第2保育期がスタートしました。
同時に園児募集も始まり、
今年は、初日に募集人数の
ほとんどが集まってしまいました。

多くの方々のご理解のたまものです。
感謝いたします。



さて早速今日は、久しぶりの当園にも関わらず
落ち着いて活動をしていた年少さんです。

子どもは、やりたいことをやっているときが
一番落ち着いて集中していられますからね。

粘土のコーナーですが、
今年から粘土、粘土板、粘土へらが
個人持ちではなくて園持ちで
共有で使うようになったので、
お友だちと貸し借りをする
という姿が多く見られるようになりました。
関わりが増えるということは、
子ども同士が関わる力を養う為の
経験が増えるということなので、
願ったりです。


また、一斉活動ではないので、
先生から要らないプレッシャーをかけられたり、
大人感覚の表現をすり込まれたりもしません。
自分たちで作った物を見せ合ったりしながら
イメージを共有しあって、発想力や表現力が
育ち合い、スムーズな発達を促します。

近くで様子を見ている先生も、
過干渉(余計な口出し手出し)に
なっていませんでした。

何度も言っていますが、
“出来るようにさせる”
のが、先生の仕事ではありません。

育ちに必要な経験を保証するのが
先生の役目ですから。