2010年12月7日火曜日

子どもの育ちのニーズに応える

発表会が無事に終わりました。

子ども主体の取り組み方をすると
子どもの育ちの段階も見ることができます。

やらされないで、どの程度できるのか
現時点でとのどこまできるのか
どのようにやろうとしているのか

子どものありのままの姿を見ることができます。


しかし
やらされていると、やらされてできている姿しか見えません。

いつもやらせていれば、確かに良くできるようになります。
良く育っているように見えます。

しかし、やらされている姿ですので、本来の姿ではありません。

偽りの姿からでは、子どもたちに本当に必要な
環境や援助は見いだせませんよね。
はたして、やらされてできる子で良いのでしょうか?

やらされてできている子は、
やらされなくなるとできなくなります。

やらされる=他律
自分の意思でできる=自律

教育の目的は、自律した人間を育てることです。

ですので、発表会だけに限らず、あらゆる面で
『仕込む』『やらせる』ことから卒業したのです。

もうご理解いただけていると思いますが。

派手な演出をして高度な発表をさせようと
子どもを『仕込ん』で強制的に子どもに『やらせて』
では自律した人間は育ちません。

本来、大人の価値観でしか見れないのは寂しいことです。
大人の価値観を押しつけることは、大人にとっては
都合がいいですが、子どもにとっては不幸です。

発表会までの過ごし方に、
どんな経験が含まれていたか?
友だち同士が深く関わることで
人間性の育ちに必要な刺激が
どれだけあったか?

ということが重要ですので、『やらされる』環境よりも、
子どもが主体的に活動できる環境が必要になります。

子どもの育ちのニーズは今の結果ではなく、
先を見据えた上で今という過程を
どう過ごすかなんです。

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