ある日の年長さんのお部屋にこんなものが。


早く登園してきた子が、次ぎに登園してきた子に「伝えてあげる。」
文字の読める子が、読めない子に「教えてあげる。」
文字の読める子が、読めない子に「教えてあげる。」
個性の違い(個人差も含む)から、子ども同士の関わりを
期待した促しだと思います。
担任に聞いてみると、3日間続けてやってみたそうです。
バスでまとまって登園してくる子たちは
誰かが気づいて「教え合い」「伝え合い」が
できていたようです。
しかし、送りで来る子たちは、まとまって登園してこないので
気づかないと教えてくれる友だちが存在しません。
また、教えてあげようと思っても教える相手が存在しません。
そんなことで、期待通りだったり、そうでなかったり
したみたいですが、今後も保育の一つとして
習慣になっていくと、送りの子たちも気づくようになるので
子ども同士でできることが、また一つ増えることになりますね。
いつまでも先生が「やってあげる」「教えてあげる」
のではなくて個人や集団の自立を促してあげると
子どもも育ちますし、先生も見守れるようになって、
より子どもの発達段階が見えやすくなってきます。
期待した促しだと思います。
担任に聞いてみると、3日間続けてやってみたそうです。
バスでまとまって登園してくる子たちは
誰かが気づいて「教え合い」「伝え合い」が
できていたようです。
しかし、送りで来る子たちは、まとまって登園してこないので
気づかないと教えてくれる友だちが存在しません。
また、教えてあげようと思っても教える相手が存在しません。
そんなことで、期待通りだったり、そうでなかったり
したみたいですが、今後も保育の一つとして
習慣になっていくと、送りの子たちも気づくようになるので
子ども同士でできることが、また一つ増えることになりますね。
いつまでも先生が「やってあげる」「教えてあげる」
のではなくて個人や集団の自立を促してあげると
子どもも育ちますし、先生も見守れるようになって、
より子どもの発達段階が見えやすくなってきます。
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